マネーサプライ(マネーストック)は、物価と深い関係があり、通常は他の条件が変わらなければ、マネーサプライの伸びが高く(低く)なると、物価の伸びも高まる(低くなる)傾向にあると考えられています。このため、欧米の中央銀行では金融政策の中間目標としてマネーサプライの動向が注視されています。
しかし、日本銀行はマネーサプライを金融政策の目標や金融調節の操作対象としていません。通貨の管理政策は、アメリカなどが早くから採用しており四半期ごとの「マネーサプライ」の伸びを「増加目標値」として公表。そしてそのターゲットの範囲内に伸びを押さえ込むように通貨管理をしています。イギリスやEUなど他の国では、インフレ目標政策を採用し、インフレ率をターゲットの範囲内に押さえ込むように通貨管理をしています。
マネタリーベースを増やそうとする黒田日銀
日本を見ると2013年4月4日、日銀新総裁になった黒田東彦氏は次の発言をしています。これが「日銀の異次元緩和」宣言なのですが、実はマネーサプライを増やすとは言っていません。実際は、マネタリーベース(ベースマネー)を増やすということです。
消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する。このため、マネタリーベースおよび長期国債・ETFの保有額を2年間で2倍に拡大し、長期国債買入れの平均残存期間を2倍以上に延長するなど量・質ともに次元の違う金融緩和を行う。
しかし、この黒田発言に欧米の金融関係者は腰を抜かさんばかりに驚いたというのです。
なぜ驚いたかというと、日本のマネタリーベースは、GDP比で見れば福井俊彦総裁や白川方明総裁の時代から欧米よりも遥かに大きかったからです。これを2倍にするというのですから仰天したわけです。
※日本の値の試算では、2014年までの名目GDPが2013年度の政府経済見通し+2.7%で成長すると仮定している。また、日銀の政策目標となっている2013年末と2014年末のマネタリーベースの値は野村総合研究所で季節調整を行った。
出所:日本銀行、内閣府、FRB、米商務省、ECB、Eurostat、BOE、ONSのデータをもとに野村総合研究所が試算・作成。
マネタリーベースの概念
ここで、「マネタリーベース」についてその概念を明らかにしておく必要があります。日銀は通貨をコントロールできるといわれますが、実はコントロールできるのはマネタリーベースに限られるのです。日銀のホームページに解説されているマネタリーベースの定義は次の通りです。
マネタリーベース=「日本銀行券発行高」+「貨幣流通高」+「日銀当座預金」
マネタリーベースは、「日銀が発行する現金の量」のことですが、これには「日銀当座預金」が含まれます。日銀当座預金とは各銀行が日銀に預けている預金のことです。日銀は、この口座を使って銀行に資金を供給することはできますが、それをどれだけ使うかは銀行の判断によって決められます。マネタリーベースは、「ベースマネー」や「ハイパワードマネー」とも呼ばれます。
マネーサプライとは?
マネタリーベースとよく似た言葉に「マネーサプライ」というのがあります。欧米の中央銀行が金融政策の中間目標としているのがマネーサプライです。マネーサプライとは、市中に流通する現金通貨と預金通貨の合計で、「マネーストック」とも言います。
マネーサプライ=「現金通貨の量」+「預金通貨の量」=マネーストック
日本はお金の流れが悪い
量的金融緩和政策というのは、デフレなどで政策金利がゼロにしても十分な景気刺激を実施できないとき、中央銀行が銀行の日銀当座預金の残高量を増やすことによって、銀行に資金を提供し、融資を促す政策なのです。市中銀行は、日本銀行に置いてある当座預金残高の額に比例して融資を行うことができるので、その当座預金の残高(マネタリーベース)を増やすことで、融資を促し市中のマネーサプライを増やそうとしたのですが、日本の場合マネーサプライは増えていません。
<第6回 参照>
http://www.setsuyaku-lifeplan.com/shisan-column/14/09.html
日本のマネタリーベースは、米国のFRBが量的緩和政策を「QE1」「QE2」「QE3」の3次にわたって実施していますが、それでもGDP比でみれば、日本の白川総裁時代の水準に遠く及んでいないのです。日本のマネタリーベースはそれほど大きいのです。
では、どうして日本のマネタリーベースはこんなに膨れ上がったのでしょうか?
一つは、日銀の当座預金から貸し付け等で市場に出ないことであり、もう一つは、日本では個人も企業も現金や銀行預金をたくさん持っているからです。現金はまさにマネタリーベースそのものです。
欧米、特にアメリカの企業は、収益が増えて手元の預金や現金が増えるとすぐにそれをどこかの金融市場や株で運用して高い利回りを取ろうとする。
一方、日本の企業は、手元の現金や銀行預金が増えても、すぐそれを高利回りの金融商品で運用して高い収益を上げようという行動をとりません。日本は、お金の流れが悪い国と言えます。
※参照:リチャード・クー著 『バランスシート不況下の世界経済』/ 徳間書店
市場では、異次元の量的緩和で海外の資金が大量に日本に流れ込み、円を売って株を買ったので、株価は上昇しましたが、日本の機関投資家は債券市場にとどまっていて動いていません。
米FRBの量的緩和縮小の実施によって、海外の資金が日本から引き上げられ、アベノミクスは一つの終わりを迎えている可能性があります。
執筆:チームM 代表 松井信夫(ファイナンシャルプランナー)CFP®
株式会社ウィム 代表取締役。NHK文化センターをはじめ、全国各地で年100回以上のセミナーを行う人気ファイナンシャルプランナー。
“プロのノウハウを分かりやすく”をモットーに、ジェスチャーを混じえて説明するセミナーは、笑いあり、涙あり、飽きさせない語りが評判です。
顧問契約のお客様へのコンサルティングでは、リーマンショック、ギリシャショックなど数々の金融危機の中でも、お客様の資産を増やし続けてきた実績が有名。
著書に、『金融時事用語辞典』(共著、金融ジャーナル刊)、『銀行では絶対に 聞けない資産運用の話』(書肆侃侃房刊)がある。
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