第15回:金融抑圧政策とインフレ・タックス


実質金利がマイナスの世界

現在日銀は、金融緩和を行っていますが、長引く金融緩和は、個人の資産運用に大きな影響をもたらします。中央銀行が徹底的に金利を低めに抑え続けた結果、現預金や債券など元本確保型商品の利回りは上がりません。そんな中で物価の上昇が起きれば物が買えなくなり、生活はきつくなります。

例えば預貯金金利が1%のとき、物価上昇率が3%なら、銀行に100万円預けても1年後に101万円にしかならないのに、100万円だった商品が1年後には103万円になっているので実質的には損をしているのです。これが実質金利がマイナスの世界です。

実は、日本はバブル崩壊後、金利は粗ゼロでしたが、物価上昇率がマイナス(デフレ)でしたので、実質金利はプラスでした。つまりお金の価値は増え続けた時代でした。

実質金利がマイナスの状態を作りだす「金融抑圧」

マイナス金利の世界では、借金過多の政府の財政は逆に楽になります。なぜならば金利は低く抑え込むので政府債務の支払いは少なくてすむ一方で、物価が上がり税金は増えやすくなるからです。このように人為的に金利を抑え込んで実質金利がマイナスの状態を作りだす政策は「金融抑圧」と呼ばれています。第2次世界大戦後、公的債務の拡大に悩んだ多くの国でこの金融抑圧政策が取られました。新興国などが産業育成のために実施することが多い政策です。

グラフAを見ると各国の実質金利は長期的に下落基調にあり、米英はすでに11年前後から、実質金利はマイナスの状況でした。その中で実質金利が高止まりしていたのが日本。つまり、デフレで物価が下がり、実質金利の高止まりは円高要因にもなり、国内でのビジネスは冷えたままでした。

しかし黒田日銀総裁の就任後、インフレ率2%目標と異次元の金融緩和が打ち出され、日銀の奥の手とも言える国債の大量購入で10年物金利は「抑圧」されて低下を続ける一方、物価は上昇基調になりました。以下のグラフAで見られるように黒田総裁就任後、日本の実質金利は急速に低下してきています。

グラフA

引用:日本経済新聞『個人が苦しむ金融抑圧と「ホテル・アベノミクス」』
http://www.nikkei.com/markets/features/55.aspx?g=DGXNMSFK0101P_01112013000000

実質金利をマイナスにする金融抑圧には、政府債務の膨張を抑えるだけでなく、企業はお金を借りやすくなり、企業活動を活発にする効果もあります。

「インフレ・タックス」に対して今すべきこと

一方で欠点もあります。実質金利をマイナスにする金融抑圧は、家計の金利分が政府へシフトする「インフレ・タックス」であるからです。

さらに、国債発行を通じてお金が非効率な政府に流し込み続けられることになり、資源配分が大きくゆがみ、国の潜在成長率も低下してしまいます。

しかし、債務がここまで膨らんだ日本は金融政策「日銀の国債買い付け」をすぐに止めることは出来ません。かなり長く続けざるを得ない可能性があります。「アベノミクス」の金融抑圧は、もはや止めることの出来ない領域に入ったのかもしれません。これからも長期金利の上昇を放置すると財政危機が訪れるので、長期金利を安定させる様々な政策や規制が、今後も日銀や政府から打ち出されるでしょう。

「目の前の危機を回避する一連の火消し政策が繰り返され、それが結果的に、金融抑圧による公的債務の圧縮策となっているのです」だとすると個人が資産防衛のために今すべきことは、増えない預貯金を手放し「資産の一定部分を株式や外貨などリスク資産で運用すること」だと思います。預貯金などの確定利回り商品だけで運用していると、資産が目減りしてしまいます。

外貨投資という「保険」

本来、無理に実質金利を上昇を抑える金融抑圧は、国際間で資本の移動が自由な状況下では長続きしません。なぜならば実質金利が高い国がほかにあるのなら、お金はそちらに出て行ってしまい、やがて国内の金利も上がってしまうからです。

しかし、英米など多くの先進国は、リーマン・ショック後にいずれも大きな政府債務を抱え、同様の政策をとらざるを得ない状況にあります。両国とも政府債務の大きさや景気の状況を考えると、このまま実質金利を上げ続けられる状況ではありません。そうした状況下では金融抑圧は意外に長持ちする可能性があります。

それでもいずれは日本よりも早く、他の国(米国?)で実質金利が十分に高くなっていく局面は訪れそうです。そうした時期には海外にお金が流れていきます、つまり為替の方向感は円安です。ならば、外貨での運用比率を高めておく必要があるとも言えます。日本政府債務は桁違いに多く金融抑圧が長引きそうです。そのことが将来の大幅な円安に結びつく可能性も考えると、「保険」の意味で外貨投資はしておいた方が良いと考えています。

保険の意味での外貨投資、か…。


執筆:チームM 代表 松井信夫(ファイナンシャルプランナー)CFP®
株式会社ウィム 代表取締役。NHK文化センターをはじめ、全国各地で年100回以上のセミナーを行う人気ファイナンシャルプランナー。“プロのノウハウを分かりやすく”をモットーに、ジェスチャーを混じえて説明するセミナーは、笑いあり、涙あり、飽きさせない語りが評判です。顧問契約のお客様へのコンサルティングでは、リーマンショック、ギリシャショックなど数々の金融危機の中でも、お客様の資産を増やし続けてきた実績が有名。著書に、『金融時事用語辞典』(共著、金融ジャーナル刊)、『銀行では絶対に 聞けない資産運用の話』(書肆侃侃房刊)がある。
チームMの本部は銀座6丁目の株式会社ウイム内にあり、毎月全国からFPや金融関係者が知識向上、スキルアップ等の為に集まり、相互研鑽を行っています。