最近、「後期高齢者医療制度」という言葉がニュースで話題になっています。
この制度は、75歳以上のお年寄りを対象に2008年4月1日から新たに独立させた医療保険制度なのですが、年金から天引きされ、また保険料が上がる人も多いことから、「弱い者いじめだ」という声がお年寄りから続出しています。
さて、批判の多いこの制度はどのような目的があって作られたのでしょうか。
そこで今回は、『後期高齢者医療制度とは何か』について考えてみたいと思います。
目次
後期高齢者医療制度ってどんな制度なの?
さて、最近話題の後期高齢者医療制度って一体どんな制度なのでしょうか。
この制度の大きな特徴は以下の4つになります。
- 「お年寄り」を現在の医療制度から独立させる
- 「お年寄り」と「現役世代」の保険料を負担する割合を決める
- 今まで市町村で決めていた保険料を、都道府県別に決める
- 保険料は年金から天引きとする
※ ここでの「お年寄り」は75歳以上、「現役世代」は74歳以下を指します
それぞれについて説明をしましょう。
1.「お年寄り」を現在の医療制度から独立させる
今までの保険料、「お年寄り」と「現役世代」を全部一緒にして計算していました。しかし、実はお年寄り1人あたりの医療費は現役世代の5倍かかっています。お年寄りの全体に占める割合が少ないうちは特に問題はなかったのですが、少子高齢化の影響で最近ではお年寄りの割合が急速に増えており、現役世代(つまり働いている世代)への負担が重くなってきているという問題が出てきました。そこで、「お年寄り」にも負担をしてもらうために、75歳以上の方を現在の医療制度から独立させたのです。
2.「お年寄り」と「現役世代」の保険料を負担する割合を決める
「お年寄り」の負担を、国民医療費全体の10%とするようにしました。
以下の図をご覧下さい。
日本の医療制度では、医療費のうち50%は税金、あとの50%は健康保険でまかなわれていて、この健康保険は「現役世代」も「お年寄り」も両方含まれていました。これを、税金50%、現役世代は原則40%、お年寄りは10%とし、これを2年ごとに見直しするというルールを決めました。
3.今まで市町村で決めていた保険料を、都道府県別に決める
「国民健康保険」と聞くと、加入している人の保険料は全国同じだと思うかもしれませんが、これは実は市町村別に決められています。したがって、財政に余裕がある市町村とそうでない市町村では保険料の格差が広がっており、全国で一番安いところと高いところの差はなんと5倍もあります。これを都道府県別に管理することで、2倍程度にまで格差を縮めるというのが政府の狙いです。
4.医療費を年金から天引きする
年金から天引きすることにより、お年寄りが保険料を支払う手間がなくなり、一方で保険料を確実に支払ってもらうことが狙いです。ちなみに、政府は過去にも2000年に「介護保険制度」を導入した際に、年金や給与から天引きとしており、その際にあまり混乱が起きなかったことから、今回も「それほど混乱は起きないだろう」と想定していたと思われます。
実は今年の段階では、全体から見ればお年寄りの負担額が大きく変わったわけではありません。場合によっては保険料負担が下がった人もいます。しかしそれにも関わらず、国民はお年寄りを中心にとても怒っています。では、そもそもなぜこの制度はなぜ導入する必要があったのでしょうか。また、これだけ多くの国民が怒っているのはなぜなのでしょうか。次の章でそれぞれの問題を見てみましょう。
揺らぐ「国民皆保険制度」
なぜ今、後期高齢者医療制度を導入しなければならないのでしょうか。実はこの問題を考える上で、「国民皆保険」という制度を日本が導入しているということを理解する必要があります。「国民皆保険」とは、病気のときや事故にあったときの高額な医療費の負担を軽くするため、『原則的にすべての国民が公的医療保険に加入しなければならない』という決まりがあります。したがって、例えば「自分は生命保険に加入しているから、公的な医療保険には加入しない」ということはできないのです。
私たち日本人が病気になっても低額で安心して病院にかかれるのはこの「国民皆保険制度」のおかげであり、世界に誇れる素晴らしい制度なのです。ちなみに、国民皆保険制度を導入していないアメリカ合衆国では、医療保険に加入していない人が約5,000万人にも上るといわれており、例えば、医療保険に加入していないアメリカ人が、ニューヨークで急性虫垂炎にかかって1日入院し、手術を受けた場合は、1万ドル(100万円)以上が請求されることもあるのです。そのため、家族の中で誰かが重い病気にかかってしまうと、そのことが原因で多くの借金を抱えてしまうということはよくあることなのです。現在、アメリカ大統領選挙の民主党予備選挙でもヒラリー・クリントン氏が「国民皆保険」の導入を公約の目玉として訴えているほどアメリカでは重要な問題であり、日本で誰もが安心して治療を受けられる理由は、この制度があるからなのです。
さて、前置きは長くなりましたが、実は最近、この「国民皆保険」の制度が揺らいでいるのです。そして、まさにこの「国民皆保険」を将来も続けていくために今回の制度は導入されたのです。
では、なぜ「国民皆保険」の制度が揺らいでいるのでしょうか。理由は大きく分けて、「地域の格差が広がっている」点と「高齢者の医療費が今後も増え続ける」点の2つです。
まず、地域格差については先ほど述べたとおりです。地域ごとに格差が広がってしまうと、結果として住んでいる地域によって受けられるサービスの質も違ってきます。この格差がさらに大きくなれば、国民皆保険の制度を続けていくのは難しくなってしまいます。
次に、高齢者の医療費が今後も増え続ける問題についてお話をします。
以下の図をご覧下さい。
少し古いデータになりますが、2005年5月に厚生労働省が発表したデータによりますと、団塊の世代が75歳になる2025年には、高齢者(この場合は70歳以上を対象としています)の医療費は2004年度の11兆円から34兆円へと、実に約3倍にまで増え、国民医療費全体でも69兆円へと、2倍以上になる見込みです。この問題を解決するために、先ほどお話したとおり、今現在お年寄りと現役世代が一緒になっている保健制度から、お年寄りを独立させて、負担の割合を決めたいという思いがありました。
以上の2点を解消するために、今回の制度を導入したかったというのが実情です。
今回の制度は不満が続出!そのわけは・・・
では、なぜ国民はこんなに怒っているのでしょうか。
今回の制度は、いろいろな問題が指摘されています。
まず一番の大きな問題は「準備不足」です。「後期高齢者医療制度」については、2年も前に法律で決まっていたのですが、それにも関わらず、政府が国民に対してきちっと説明をしてこなかったことが一番の大きな原因でしょう。特にお年寄りが一番気になるのは「いくらぐらい年金から引かれるのか」ということですが、それに対して政府は「実際に年金を受取るまではわからない」と回答したため、不信感を招いてしまいました。
また制度がはじまったのに、「保険証が届かない」ということがたくさん発生しており、しかも年金の問題が解決していないにも関わらず、年金からの天引きを十分な説明もないまま行なわれたことも火に油を注ぐ結果となりました。
これ以外にも、お年寄りの子供たちが会社などで働いている場合には、「扶養家族」という申請が認められれば、保険料は支払わなくてよかったのですが、その制度は今回でなくなります。(注:2008年5月現在では、特例として緩和措置が認められています。)
今お話をしたようなことを、2008年に入ってから、それも導入される直前になって突然国民に知らされたのですから、国民が怒ってしまったのは無理もないことでしょう。
将来の大事な問題について考えよう
この制度は準備不足など政府の対応のまずさが目立ちましたが、この問題は単にお年寄りの問題というわけではなく、若い人も含めて日本の将来がかかった大きな問題なのです。つまり、これから少子高齢化が進み、近い将来にお年寄りがどんどん増えるのは明らかであり、それに伴って当然国民医療費も増えていくことになるのですから、これから増えていく医療費を誰が負担するのかという大事なテーマが隠れているのです。
今回の制度導入で、「お年寄りにだけ負担を重くするのはおかしい」とテレビで言う人もいますが、これは必ずしも当たっていません。なぜなら、今も増え続けている医療費を負担しているのは、サラリーマンなどの現役世代だからです。給料から引かれているので分かりづらいかもしれませんが、税金や健康保険にしても、増え続けている国民医療費の負担を主に負担しているのは、現役世代が中心であり、そして今後もさらに増える分を主に負担するのも、やはり現役世代なのです。しかしながら、このままいけば現役世代の人たちが今までどおり負担し続けるにはすぐに限界が来てしまい、制度そのものが行き詰ってしまいます。例えば、医療費の負担が重くなれば、若い人たちは日本で働くことをやめて、海外に住むことを選ぶかもしれません。そうなると、ただでさえ少子化が進んで働く人が少ないのに、さらにますます働き手が少なくなって、日本の国民皆保険の制度を維持できなくなってしまうでしょう。
国民皆保険制度がなくなってしまえば、アメリカ合衆国のように、病気をしただけで借金生活になってしまうような深刻な社会問題になるのは避けられないでしょう。そうなれば、貧富の格差はどんどん開き、それこそ安心して生活を送れなくなってしまいます。
後期高齢者医療制度は、実は若い人たちにとっても将来にかかわる大事な問題なのです。
一級ファイナンシャルプランナー・CFP®、日本キャリア開発協会認定キャリアカウンセラー、日本応用カウンセリング審議会認定心理カウンセラー。2006年5月週末起業を決意し、通信会社に勤務しながら合同会社FPアウトソーシング代表を務める。ファイナンシャルプランニングに関する個別相談・セミナー講師としても活動中。