1980年代までは日本は終身雇用制度が中心であり、一度就職をするとその会社に一生勤め上げるというのが一般的でした。そしてその時代では多少能力に差はあったとしても、勤続年数に応じてそれなりに給与は増えていきました。
ところが、1990年代に入ると日本は長い不況に入り企業では、能力主義を導入し始めるようになりました。給料が必ずしも上がる保証はなくなり、リストラや倒産などにより、解雇や退職などを余儀される人も増えるようになると、それまで「一生同じ会社に勤める」という常識は過去のものになり、「転職」が一般的になってきました。こうした転職する人を支援する目的で、もともと日本には国の制度として「失業保険」というものがあり、万が一無職になったとしてもある要件を満たせば一定期間お金がもらえる仕組みになっています。
ところが、本来であればすぐに転職できるにも関わらず、「一度失業保険をもらってから転職をしよう」と考える人が多いのも事実です。では、転職をする際に失業保険をもらってから再就職するのが本当に得策なのでしょうか。そこで、今回は失業保険にまつわる失敗事例を考えたいと思います。
大忙しの会社生活からの開放
田中さんは独身の32歳男性です。大学を卒業してから10年間同じ会社に勤務しています。仕事は大忙しで、普段家に帰るのはいつも11時過ぎ。休日の出勤も時々あり、繁忙期の時の実質的な残業時間数は1ヶ月で80時間を超えます。それなりに仕事は充実しており、残業代が多かったため年収は700万円と金銭面でも満足していたのですが、趣味に費やす時間がほとんど取れません。そのため、プライベートの時間がある程度確保できる仕事に就きたいと思い、転職を決意して会社を辞めました。
会社を辞めた後、田中さんは就職活動をしばらく行わず、海外旅行や映画鑑賞など、プライベートの時間を満喫しました。自己都合で会社を退職したため、失業保険は最初の3ヶ月間はもらえず、その後から120日間手当てがもらえます。そのため、最初の3ヶ月は貯金を取り崩しながら、そして次の120日間は失業保険をもらいながら悠々自適に生活していました。さて、失業保険をもらえる日数も少なくなってきた頃、さすがにそろそろ就職活動をしなければならないと思い、ようやく活動を開始しました。
ところがこの不況の折、なかなか次の就職先が決まりません。前職での経験や実績から、転職先が簡単に見つかると思いきや、前の職場の年収に見合う仕事が見つからないのです。そうこうしているうちに、失業保険ももらえる期間を過ぎてしまい、無収入になってしまいました。実家の両親も心配して、毎日のように電話がかかってくるようになり、自分でも焦りの気持ちが強くなっていきます。結局、妥協して何とか次の職場は決まったのですが、年収は700万円から半減し、350万円となってしまいました。
一度失業状態になるとリスクが大きくなる
さて、田中さんは転職を考える上で、どんな点に注意をするべきだったのでしょうか。大きくポイントは以下の4点であると考えられます。
1.失業後の転職活動は減収の可能性が高くなると認識する
2.失業後は生活のリズムが崩れやすいことを認識する
3.家族にできるだけ心配をかけないように配慮する
4.一度失業する場合、次の就職が決まるまでのマネープランを考える
1.失業後の転職活動は減収の可能性が高くなることを認識する
転職先での給与は、前職での給与の他に経験・能力などを加味して決定されます。しかし既に失業中だと、どうしても足元を見られがちになってしまいます。在職中に転職活動をしているのであれば、現在もらっている給与水準との比較で駆け引きも可能ですが、失業中であれば比較対象である現在の給与がゼロとなってしまい、給与面での交渉は圧倒的に不利になってしまうのです。給与面での交渉を有利にするためには、在職中に面接を行なうほうが良いでしょう。
2.一度失業すると生活のリズムが崩れやすいことを認識する
失業をすると、それまでの緊張の糸が緩みがちになります。在職中は毎日決まった時間に出勤していたのが、ある日突然行かなくても良くなるようになるわけですから、仕事に行くことで保たれていた生活のリズムが崩れやすくなり、体調も崩しやすくなります。また仕事を辞めて悠々自適な生活に一度慣れてしまうと、次の仕事への意欲が湧かなくなってしまうこともあり、そうなると再度就職活動をすること自体が面倒になってしまうことになりかねません。
3.家族に心配をかけてしまう
結婚を既にされている、あるいはお子さんがいらっしゃる場合は勿論のこと、独身であったとしても田中さんのようにご両親に心配をかけてしまうことは充分に認識しておきましょう。特に田中さんのようにご両親から心配して毎日電話がかかってくるような状態になれば、焦る気持ちが余計に募る、あるいは自分に自信を持つことが難しくなってしまうなどのことが考えられ、転職活動を行う上で冷静な判断ができなくなる要因にもなりかねません。
4.一度失業する場合、次の就職が決まるまでのマネープランを考える
もし一度失業状態に入る場合には、次の就職が決まるまでのマネープランを考えておきましょう。特に自己都合により会社を離れる場合、失業保険は最初の3ヶ月は支給されず、また次の就職先が見つからないリスクもありますので、万が一のことを想定して貯金を多く確保しておく、あるいは次の就職先を見つけるまでは大きな出費を避ける、などの工夫が必要です。また、いったん失業すると、国民健康保険や国民年金への切り替えは自分で行わなければならず、保険料は自分の財布の中から支払っていかなければなりません。給料からの天引きで払っているときは違って、その額が大きいことを改めて認識させられることになりますので、注意が必要です。
以上の4点を考慮に入れると、やはり在職中に次の職場を見つけることが理想的でしょう。確かに田中さんの状況を考えると、毎日帰りが遅い中で転職活動を行うことは難しいという事情はあったでしょう。しかし、転職活動においては繁忙期を避ける、あるいは午後はお休みをして面接に臨むなど、何とか自分で時間を工面することが重要です。また、在職中に転職活動をした場合、その会社を離れた後に長期の海外旅行などで悠々自適な生活を送ることは難しいかもしれません。しかし、そもそも失業期間中は悠々自適な生活を送るためのものではないはずです。また、次の職場に転職するまでは、在職中の会社で有給休暇を使うことも可能ですし、次の職場での開始時期はある程度交渉できる場合もあります。
在職中に転職活動をする場合、職場には内密にしながら仕事の合間を縫って行わなければならない場合がほとんどですので苦労も多いかとは思いますが、それは転職の際には誰もが通る道であり、必要なプロセスなのです。
失業保険はあくまで社会のセーフティーネット
ちなみに失業保険の給付日数は会社を辞めた理由、勤続年数や年齢によってもらえる日数が決まります。詳細は以下の通りになります。
失業保険の給付日数一覧
●一般受給資格者 自己都合により離職した方および定年退職者の方
被保険者期間 | |||||
6月以上 | 1年以上 | 5年以上 | 10年以上 | 20年以上 | |
1年未満 | 5年未満 | 10年未満 | 20年未満 | ||
15歳以上65歳未満 | 90日 | 90日 | 90日 | 120日 | 150日 |
待機期間 | 3ヶ月+7日間 |
●特定受給資格者 会社都合(倒産、人員整理、リストラ)等により離職を余儀なくされた方
被保険者期間 | |||||
6月以上 | 1年以上 | 5年以上 | 10年以上 | 20年以上 | |
1年未満 | 5年未満 | 10年未満 | 20年未満 | ||
30歳未満 | 90日 | 90日 | 120日 | 180日 | – |
30歳以上35歳未満 | 90日 | 90日 | 180日 | 210日 | 240日 |
35歳以上45歳未満 | 90日 | 90日 | 180日 | 240日 | 270日 |
45歳以上60歳未満 | 90日 | 180日 | 240日 | 270日 | 330日 |
60歳以上65歳未満 | 90日 | 150日 | 180日 | 210日 | 240日 |
待機期間 | 7日間 |
ただし、失業保険をもらうためには「離職した方が就職しようとする意思といつでも就職できる能力があるにもかかわらず職業に就けず、積極的に求職活動を行っている状態にある」ことが条件になっています。つまり、あくまで「仕事に就きたいけど、どうしても条件に合う職場が見つからない人」を国が支援するために作られている制度であり、退職した人が次の職場を見つけるまで“悠々自適に過ごす”ことを目的に作られたものではありません。ましてや、失業保険を使って海外旅行に行くというのは大きく趣旨から外れているのです。
あくまで失業保険は、仕事が見つからずに困っている人に対して、経済的なサポートや、仕事に必要なスキルを身につけるために支援する制度です。このような趣旨のもとに作られた制度ですので、やはり原則は失業保険を使わず、在職中に次の職場を探す、ということが基本原則であり、その方が転職をする人にとってもメリットが大きいといえるのではないでしょうか。
執筆:坂本光(さかもと ひかる)CFP
一級ファイナンシャルプランナー・CFPR、日本キャリア開発協会認定キャリアカウンセラー、日本応用カウンセリング審議会認定心理カウンセラー。2006年5月週末起業を決意し、通信事業者に勤務しながら合同会社FPアウトソーシング代表を務める。ファイナンシャルプランニングに関する個別相談・セミナー講師としても活動中。