目次
夫が独立して2年、老後への備えに不安を感じています。
老後に向けた生活設計を見直したいと思います。
井上 信一先生 (いのうえ しんいち) プロフィール |
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香坂 美雪さん(仮名 40歳 会社員)のご相談
夫が2年前に会社を辞め、インターネットを利用したコンサルタント業(個人事業主)として独立しました。我が家には子もおらず、幸いにもある程度の蓄えがあったことと夫の収入が徐々に増えたこともあったため、今はなんとか生活できています。しかし、やはり将来に対しての不安は否めません。必要に迫られれば家計のやりくりをすることもやむを得ませんが、これまでも特別贅沢に暮らしてきたわけではないので、できれば今の暮らしの水準を維持できれば幸いと思っています。
また、夫婦各々で500万円程度の保険にしか加入しておらず、子がいないことに加え賃貸マンションで暮らしているので、老後の住まいについても考えなくてはならないと思っています。
香坂 美雪さん(仮名 40歳 会社員)のプロフィール
今後の希望
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企業経営も家計も、暮らしの水準(経費)を保ちつつ、
貯蓄(内部留保)を増やす所得(売上)計画を立て、実践!
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香坂さんご夫婦は、これまで夫婦共働き(ともに会社員)であったことから比較的高水準の収入に恵まれてきました。その一方で、家計をよく管理され堅実に貯蓄も増やしてこられています。今般、ご主人の隆也さんが個人事業を興されたのは様々なお考えがあってのことでしょう。また、事業に馳せる理想や計画もお持ちのことと思われます。
隆也さんの事業については相応のビジネスプランが必要になります。ただし、今回は家族のライフプランの観点から、事業プランへのオーダーを考えたいと思います。
これまで家計(お金)に関わるライフプランでは、生命保険や住宅ローンの見直し、あるいは生活上の様々な節約といった、限られた収入のなかで希望を実現させるために、支出の優先順位とその金額をいかに調整するのかに関心が集まっていました。いわば、貰った給与の中で少しでも貯蓄に振り向けられるよう支出をコントロールするといった考えです。
このことは、必要以上の過大な支出や衝動的かつ不要な支出を抑え、支出の適正配分を把握する上でもちろん大切なことです。ただし、家計は収支の両輪で動くゆえ、収入の調節や増額を家計と切り離して、会社や景気等の成り行きにまかせるわけにはいきません。
今後はより一層、家計と働き方が密になると思われます。希望する支出のためにどの程度収入を増やす、あるいは維持する必要があるのか、もっと積極的に生活と密着させて働く意味を考える必要があるでしょう。今回はその考えが比較的受け入れやすい個人事業の香坂さんの例ですが、すべての家計に共通しているものと思われます。
出て行くお金(支出)を、暮らしのためのものと事業経費とに仕分けしましょう
香坂さんのご家庭は、以下のとおり、これまでも家計の全容を把握しやすくするため、夫婦共通の支出と各々の支出とに区分されています。
図表1 家計の状況
年間収入 | 5,500,000 | |
給与収入(夫 額面) | 2,000,000 | |
給与収入(妻 額面) | 3,500,000 |
年間支出 | 5,460,000 | |||
居住関連費費 | 家賃 | 1,680,000 | ||
日常生活費 | 食費 | 480,000 | ||
雑費等 | 120,000 | |||
公共料金 | 240,000 | |||
夫の費用 | 携帯通信費 | 90,000 | ||
衣服 | 180,000 | |||
交際費 | 360,000 | |||
交通費等 | 120,000 | |||
書籍・備品等 | 240,000 | |||
妻の費用 | 携帯通信費 | 60,000 | ||
衣服 | 240,000 | |||
交際費 | 120,000 | |||
美容 | 120,000 | |||
保険料 | 生命保険料 | 180,000 | ||
火災保険料 | 10,000 | |||
余暇費 | レジャー・外食等 | 240,000 | ||
その他経費 | 冠婚葬祭・お歳暮等 | 30,000 | ||
医療費 | 10,000 | |||
その他予備費 | 40,000 | |||
税金・社会保険等 | 夫の分 | 290,000 | ||
妻の分 | 610,000 | |||
収支 | 40,000 | ||
貯蓄額 | 預金等 | 40,000 |
保有資産 | 13,000,000 | ||
貯蓄性金融資産 | 預貯金等 | 10,000,000 | |
投資性金融資産 | 投資信託等 | 3,000,000 |
図表2 収入の配分割合
ところが隆也さんの起業以来、支出のなかには純粋な家庭の費用と事業に関わる費用とが混在しており、これでは本来の意味での可処分所得(個人が収入の中から暮らしのために実際に使えるお金)が把握しづらくなります。また、ひいては隆也さんの事業計画において、どの程度の目標を立てるべきか明確に定めることはできなくなるでしょう。
そこで、隆也さんの事業に関わる「直接的費用」と思われる金額と、自宅を兼務事務所とする隆也さんにとり「税務申告上必要経費に算入し得る諸費用」を事業経費として家計の支出から切り分けることをご提案いたします。
今回は、香坂家の収入として美雪さんの給与収入と隆也さんの事業収入とがありますので、支出も支出1、支出2、支出3の3区分としました。事業支出には兼務事務所として自宅を利用されている現況から、住居家賃や水道光熱費等の4割(生活用:事業用=6:4)を、また隆也さんの個人支出に関わる通信料や交際費等の6割(生活用:事業用=4:6)相当額を事業経費と仮区分しています。
下図はその収支関係を表した表です。
図表3 家計の収入と支出の現状
まず、収入1(美雪さんの額面給与収入)に対し、支出1(美雪さんの個人支出および家庭全体の支出)はかろうじて黒字です。しかしこれに支出2(隆也さんの個人支出)を加えると若干の赤字となります。さらに支出3(事業経費)を加え、収入2(事業収入)を加味すると、家計全体の収支として拮抗(僅かながら黒字)している構図が読み取れます。
ここで、支出1には美雪さん個人のもの以外に家庭全体の支出等も含まれており、この費用をすべて美雪さんの給与収入だけに頼ることには当然違和感もあるでしょう。夫婦各々の収入から相応負担の支出を捻出し合うのか否かは個々の考え方次第ですが、少なくとも一定の前提条件においては、隆也さんの事業に伴う経費と隆也さん自身の個人的支出は事業収入では賄いきれていないことが浮き彫りになります。
極力早期に、これらの出費と香坂家の”家庭への還元分を含めた事業主給与”を捻出し得る事業収入を目指し、香坂家の家計全体として収支を大幅に黒字化できる事業プランを確立することが望まれます。
希望する暮らしを維持・実現するために必須の収入プラン
先述のとおり、これまでのライフプランでは、収入面での将来予測をある程度固定的に捉え、希望する暮らしを実現するために支出面を調整する対策でシミュレーションを行うのが一般的でした。
今回は逆に、希望する暮らしを実現するためには、あとどの程度の収入を必要とするのか、支出面を固定化して必要収入額をシミュレーションする方法を検討したいと思います。
まず、隆也さんの事業収入が現状並みに推移し70歳で事業を引退、その5年後に平均的な高齢者施設(有料老人ホーム 自立生活者型で要介護時にも継続して居住可能なタイプ)に住み替えた場合の、香坂家の年間収支と貯蓄残高推移(キャッシュフロー表)を試算したものが以下の図表です。
図表4 将来のキャッシュフロー予測 (現状並みに収入が推移した場合)
<将来のキャッシュフロー予測
(現状並みに収入が推移した場合)を別ウィンドウで表示>
この試算によると、年間収支は70歳以前に赤字となり、今後50年間での赤字累積額は約7,600万円超まで拡大。貯蓄残高は75歳前にはマイナスに転じ、50年後には約▲6,400万円となることが見込まれます。
図表5 貯蓄残高の推移と年間収支の累積額
次に、“現在の生活水準を維持しつつ、この累積収支赤字を軽減させ、かつ仮に50年後の隆也さん95歳時の貯蓄残高をある程度のプラス圏に”確保するための年間収支推移と貯蓄残高を示したもの、および“その為に必要な収入推移を隆也さんの事業収入に委ねた事業収支計画”が、各々以下の表です。
図表6 貯蓄残高の推移と年間収支の累積額 (事業収入計画反映後)
<貯蓄残高の推移と年間収支の累積額
(事業収入計画反映後)を別ウィンドウで表示>
図表7 事業収入計画 (最低必達ライン)
95歳まで貯蓄残高をプラスに保つためには、隆也さんの引退希望年齢である24年後までに平準して270万円弱の収入増(約6,400万円÷24年=266.7万円)が必要です。現実的にはこれを即時達成することは困難であるため、今回は事業が順次拡大し収入が逓増する前提としています。
繰り返しになりますが、この収入推移はライフプラン実現のための必須ラインですので、これに即した事業計画を綿密に立てる必要があります。会社員と違って、事業家は自らの意志で将来を大きく変えることができます。具体的な事業計画を立てなければ、収入増も見込めませんし、生活を維持することもできません。事業計画を立てても万一、計画と乖離することが予測される場合、今度はいよいよ支出プラン等を含めた希望する暮らしの下方修正が必要となるわけです。
万一のリスクに備えた保障(補償)設計
隆也さんは23歳で会社に勤め始め、43歳で退職するまで、厚生年金保険の加入期間は満20年を確保しています。よって、現状においても厚生年金制度における家族手当的な加給年金の支給要件を満たしていると見込まれます。一方、妻の美雪さん自身も予定する60歳まで勤めた場合には、厚生年金保険の加入期間が20年を超える見込みとなりますが、美雪さんの生年月日が昭和41年4月2日以降であることから、隆也さん65歳の年金支給開始以降、美雪さん65歳の年金開始となるまでの間、加給年金を受け取ることができそうです(現状の年金制度が継続した場合)。
しかし、現在、厚生年金保険の被保険者ではない隆也さんが死亡した場合、遺族厚生年金の支給要件を満たすための年金加入期間(遺族厚生年金の長期要件である25年)には達しておらず、隆也さんが何らかの公的年金(厚生年金または国民年金)に25年加入する条件を満たすまでは、公的年金制度における遺族給付が極端に不足しています(今後、隆也さんが国民年金に加入し続け、公的年金制度の通算加入期間が25年に達すれば長期要件に足るため遺族厚生年金の支給要件を満たします)。
香坂さんご夫婦には18歳未満のお子様がいないため、美雪さんに対して遺族基礎年金は支払われません。加えて遺族厚生年金が支払われるようになるまでにあと数年の月日を要するわけです。
したがって、長期要件を満たすまでの数年間はこれまで以上の遺族保障が必要となり、一定期間の定期保険や収入保障保険(生活保障保険)など、掛け捨て型の割安な生命保険に加入するのが望ましいと考えられます。
しかし、遺族生活保障より逼迫してしまうのが、隆也さんが病気やケガ等で働けなくなった場合の就業不能補償となります。上述の遺族厚生年金とは異なり、障害厚生年金を受け取るためには障害状態となった時に厚生年金保険の被保険者でなくてはならないため、隆也さんには障害基礎年金しか支払われません。また、一般的に家族の死亡時より家族の就業不能時にかかる家計へのダメージは、収入減と支出増のダブルパンチにより深刻化するケースが多いため、これに備える補償として所得補償保険への加入が急務といえます。
以上から、生命保険に新規で加入する優先順位としては以下のように考えると良いでしょう。
- 就業不能補償として、損害保険会社の所得補償保険に加入する
- 遺族生活保障として、保険料が割安な定期保険等に加入する
- 保険料支払いの余力があれば、長期治療による医療費保障として、ガン保険等に加入する
所得補償保険の中には、就業不能であれば最長で65歳まで等の長期間保険金が支払われる長期補償てん補型保険を取り扱う保険会社もありますので、短期型よりもこちらを選ぶのが安心です。
また、定期保険等は最短で遺族厚生年金の支給要件を満たす間の加入で充分ですので、保険期間は短めでよいと思われます。ガン保険等については、貯蓄が増えていくにつれ必要度が薄くなりますので、一定の保険期間だけを確保するが有期タイプか、終身タイプであってもいずれ解約することも視野に入れ、年間の保険料負担を軽くするため保険料終身払い型を選ぶのも一考です。
最後に
さて、お金に関わるライフプランにおいては、収支改善の方法は、収入を増やす(就労収入や資産収入等)か、支出を減らすかのいずれかしかありません。
そのひとつのアプローチとして、希望する暮らしを叶えるため、どの程度の収入が必要となるのか、またそれを実現させるためにはどのような計画やキャリアを考えねばならないのか、益々重要となることでしょう。