年金を多く受け取れる方法があると聞きました。 どのような方法でしょうか。


今回、回答いただく先生は…


鈴木 暁子先生
(すずき あきこ)
プロフィール
  • 最終的な損得は寿命によります。
  • 制度のメリット・デメリットをしっかり理解しておきましょう。
  • 働き方も併せて総合的に検討しましょう。

上田和彦さん(仮名 58歳・会社員)のご相談

定年退職まであと2年。同期の友人から年金をもらう時期を遅らせれば多くもらえると聞きました。私は逆に早くから受け取るほうが得な気がするのですが。どのような方法でしょうか。

上田和彦さん(仮名 58歳・会社員)のプロフィール

家族構成
家族 生年月日
本人
(58歳・会社員)
昭和35年7月10日生まれ

(55歳・専業主婦)
昭和38年5月24日生まれ

※子ども2人は社会人として独立している

    その他

  • 現在の年間生活費:約300万円
  • 本人が65歳から受け取れる年金見込額は約200万円
  • 妻も会社員時代があったため、妻自身の厚生年金あり

繰り下げ受給で最大42%、年金額を増やせます。
ただし長生きしないと受け取り総額で損をする場合もあります

1.年金の受け取り方はしっかり検討しましょう。

上田さん、こんにちは。定年退職まで2年。退職後の生活をイメージしなくてはいけない時期になりましたね。セカンドライフの収入のベースとなる公的年金は、ご質問のとおり増やすことが可能です。その仕組みを確認しておきましょう。

公的年金は生年月日と性別で受け取れる時期が決まっています。

上田さんと奥様はそれぞれ赤枠のところに該当します。まず、これが原則と覚えてください。
ご友人の方が言っておられた「年金を多くもらえる方法」というのは、「繰下げ受給」のことです。繰下げ受給というのは、本来65歳から受け取れる年金を、受給開始年齢を繰下げる(遅らせる)ことで、受給する時には増額した年金額を受け取ることができる制度です。
一方、65歳より繰上げて(前倒しして)受け取ることもできます。これを繰上げ受給といいます。

繰上げも繰下げも1か月単位で可能ですが、繰上げの場合、1か月につき0.5%(最大5年で30%)の減額、繰下げの場合、1か月につき0.7%(最大5年間で42%)の増額となります。上田さんの場合、65歳から受け取れる年金額は約200万円ですから、もし70歳まで5年間繰下げるのであれば、70歳から受け取れる年金は約284万円が目安となるわけです。

なお、調整された年金額は一生変わりません。したがって、繰上げにしても繰下げにしても、65歳から受給するケースと比べ、当然損益分岐年齢があります。繰上げの場合、どの年齢※でスタートしても約16年8ヶ月で65歳から受給したケースに追いつかれ、それ以降は受給総額で少なくなります。繰下げの場合は、同じく何歳※でスタートしても約11年11ヶ月で65歳から受給したケースに追いつき、それ以降は受給総額で多くなります。
※繰上、繰下とも5年の範囲内で。

手続きとして、繰上げの場合は請求が必要ですが、繰下げの場合は請求をしなければ良いだけです。

また、よくある勘違いとして65歳未満で受け取れる報酬比例部分があります。こちらについてもご説明いたします。
上田さんは64歳から、奥様であれば63歳から報酬比例部分が受け取れることになっています。これは65歳未満からの受け取りですが、繰上げ受給とは別物です。繰上げ受給はご自分の意思で前倒しするものですが、65歳未満で受け取られる報酬比例部分については、サービスとイメージしていただくとわかりやすいかもしれません。これは制度として決められた前倒しですので、64歳から受け取っていただいても減額にはなりません。
逆に繰下げ受給の対象にもなりません。繰下げ受給は65歳から受け取るものを遅らせるものなので、65歳未満で受け取られる報酬比例部分は対象にはならないのです。したがって繰下げ受給を検討している場合でも必ず受給してください。請求しないと繰下げではなく単なる損になってしまいます。

2.繰下げ受給の場合も注意点を十分理解した上で検討しましょう。

現在、男性の平均寿命も80歳を超えていることを考えると、長生きリスクに対応できる受け取り方であることは重要です。その点からは繰上げ受給はあまりお勧めできません。ただし、一見オトクにみえる繰下げ受給の場合でも注意点はあります。

  1. 無年金期間が生じる
    年金の受給開始を遅らせるわけですから、当然その間は年金収入がありません。繰下げを検討する多くの方はこの点を忘れがちですが、その間の生活費支出をどこから工面するのかを考えておかなければなりません。
  2. 最終的な損得は寿命による
    確実に長生きするのであれば、繰下げ受給の効果を享受できますが、繰下げたにもかかわらず、万一損益分岐年齢まで生存できなければ、結果として受給総額は少なくなってしまいます。ただしこれは寿命によるものなので、選択する時点で損得はわかりません
  3. 加給年金を受け取れない
    実は、上田さんは老齢基礎年金、老齢厚生年金のほか、加給年金というものも受け取れる可能性があります。
    加給年金というのは、年金の世界での家族手当のようなもので、ご夫婦の年金加入期間、奥様の収入など一定の要件を満たしていれば、上田さんが老齢基礎年金を受け取るタイミング(原則であれば65歳)から奥様が65歳になるまで加給年金も受け取れます(平成30年度の価格では年間約39万円です)。
    しかし、繰下げ受給によって老齢基礎年金を受け取る時期を遅らせると、その間は加給年金も受け取れません。加給年金を受け取れるのは、奥様が65歳になるまでですので、場合によっては減額要因となります。
  4. 繰下げ受給で本人の年金額は増額されても、遺族年金の算定には反映されない
    遺族厚生年金の基礎となる年金額は、繰下げ受給で増額された金額ではなく、65歳時点の年金額だからです。上田さんが万一の際の、奥様の今後の収入については間違いのないよう見積る必要があります。

3.年金だけでなく、就業による収入も併せて検討しましょう。

人生100年時代といわれるようになった今、繰下げ受給によって終身で受け取られる公的年金の額を増やすことは長生きリスクへの備えとして悪くない方法だと思いますが、注意点でも述べましたように、無年金期間の生活費をどのようにカバーするかが重要なポイントとなります。

現状の生活費のままだと、貯蓄の取り崩しならば受給開始が68歳であれば約900万円、70歳まで遅らせれば約1,500万円の額になります。確実に損益分岐年齢を超えられる保証が無い中で、これでは逆にリスクとなってしまいます。したがって、貯蓄に手をつけなくて済むよう、定年退職後も就労されることをお勧めいたします。その際考えられるメリットと注意点を挙げてみます。

  1. 厚生年金に加入する働き方であれば、将来の年金額を増やせる
    60歳以降も厚生年金に加入する働き方をすると、引き続き厚生年金保険料を払うことになりますが、その分将来の年金額も(繰下げとは関係なく)増やすことができます。
  2. 貯蓄を取り崩さずに済む
    現役時代より給与が少なくなるとはいえ、それで支出をカバーすれば、貯蓄はそのまま確保できます。医療・介護費の準備を考えると、貯蓄の取り崩しを遅らせることができるのは大きな安心といえます。
  3. 厚生年金保険の長期加入の特例に該当する可能性がある
    本来の原則であれば、上田さんは老齢基礎年金は65歳からの受給ですが、厚生年金保険制度に44年加入すると、長期加入の特例といって、報酬比例部分を受け取れる64歳のタイミングで老齢基礎年金の部分も併せて受け取ることができるのです。約77万円のオトクとなるわけです。
    ただし、これを受け取るということは繰下げ受給とは相反することになりますので、選択の検討が必要です。

最後になりますが、人生100年時代の老後資金確保を考えるにあたり、年金の受け取り方だけではなく、このように就労のしかたも併せて総合的に判断する必要があります。
特に就労のしかたによっては、雇用保険からの給付(失業給付など)、年金との併給制限(失業給付と年金が併給できない)、厚生年金保険の44年特例など、さまざまなケースが考えられます。そこへさらに加給年金や年金の受給開始時期などの要素が加わると、ケースが複雑になり一人で考えるだけでは判断が困難です。

これはファイナンシャル・プランナーなどの専門家にシミュレーションをしてもらい、世帯収入としてどれが最も多くなるのかで比較する必要があります。
それによって、60歳以降の働き方や年金の受け取り方の戦略が立てられるというものですが、退職直前になってからではここまでじっくり検討する時間はありません。まだ2年時間がある今だからこそシミュレーションで検討し、必要に応じて再就職への準備、奥様とセカンドライフプランを話し合うなど退職までの時間を有効に使っていただきたいと思います。