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公営住宅を退出した時の住まいと自分の老後が心配です
井上 信一先生(いのうえ しんいち)プロフィール |
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成田 昭子さん(仮名 42歳 会社員)のご相談
子ども2人(13歳、11歳)と母親(70歳)との4人で、市営住宅にて暮らしています。契約が母親名義なので、万一母が亡くなったら退室しなければならないと言われています。
民間の家賃は意外と高く、ずっと住み続けられるかの不安もあるので、3年後くらいを目処に1,000万円の中古マンション(頭金300万円)を検討しています。ただ、子どもの大学費用も考えると諦めたほうが良いのか迷っています。
また、勤め先は退職金制度がないこともあり、自分の老後生活にも不安を感じています。
成田 昭子さん(仮名 42歳 会社員)のプロフィール
※その他項目の衣類・レジャー費は、百貨店積立(月1万円)から推測した金額 ※教育費等の大部分は母子家庭による手当から捻出(学資保険の保険料も含む) |
不安は使い方の優先順位を考えることで根本の解消に繋がります。
今と将来、必要と見込まれるものを整理し、家族の価値観を共有しましょう。
今と将来、必要と見込まれるものを整理し、家族の価値観を共有しましょう。
成田さんのご家庭は昭子さんの年収約300万円で支えられています。この中から年間60万円の積立も行う努力もされています。その上でさらに支出内訳からは、家族が協力し合い工夫して楽しまれている様子も伺えます。
ただし、将来予定されているイベントや訪れるであろうリスク等を踏まえ、ある一定の前提条件で将来収支と貯蓄残高のシミュレーション(キャッシュフロー予測)を行うと、より安心して暮らすためには早めの準備・改善を心がけるのが望ましいといえそうです。
その改善手段として、様々な優先順位をキーワードに考えてみましょう。
お金の使い道の優先順位として高いものを考えましょう。
人生の3大資金とはよくいったもので、成田さんのご家庭でもまさしく教育・住まい・老後に向けるお金の使い方が悩みどころになっていますね。ただし、成田さんが挙げた「お子様の大学費用か?それとも中古マンションの頭金か?」に、もうひとつご自身の老後生活費も加えて考えることが大切です。時間軸は違いますが家計の支出あるいは資産の取り崩しの点では3者とも同じ線上にあるわけですから。
ただ、多くの方にも共通しますが、成田さんの場合も一生涯に一体いくら負担増になるのかが読みにくい家賃負担は、住まいと老後生活費の両方に関連する問題といえます。
さて、ここで限りある貯蓄を何に優先して振り向ければよいのかの選択が必要です。その際に最も大きく影響するのは価値観であることは言うまでもないと思います。例えば、色々な所に旅行して見聞を広めることに価値を置く代わりに普段住む部屋の広さや新旧にはこだわらない人はいるでしょう。あるいは希少価値の高い高級外車のオーナーになることにステイタスを感じる人でも普段の生活は質素な方もいます。つまり、お金の使い方について何か凸があれば他で凹となるようきちんと優先順位をつけて調整することが重要なのです。何もかも成田さんが1人で抱え込む必要はありません。またひょっとして、家族のために良かれと思った選択が、かえってより大きな負荷となってしまうこともあり得ます。価値観は人それぞれなので一緒に暮らす家族の間でも当然異なる場合もあります。しかし、ひとつの家庭という単位ではどうなのかを家族皆で話し合い、共有することが何より必要ではないでしょうか。
お子様を大学に行かせたい。そのための資金は出してあげたいと親御さんが望まれるのはもっともだと思います。しかしお金が必要となる時期を少し長期的に考えてみましょう。例えばお子様が学生の間に費やし過ぎてしまい、遠い将来、昭子さんの老後生活でお子様に負担をかける結果となることも考えられます。今は「お母さん、大丈夫だから心配しないで」と声をかけてくれたとしても、将来のその時にお子様のご主人が無職になってしまったら?あるいは今の成田さんのように教育費が重く圧し掛かっていたら?果たして支援を受けることをご自身として望めますでしょうか?
お金の上手な使い方には、余計に掛かる利息を負わない(借金をしない)ことが筆頭にあげられますが、目処や計画が立ちやすいものには手元資金を使わないことも一考です。教育費においても、先に使って後から返す手段も多く利用されています。奨学金制度(独立行政法人 日本学生支援機構や各種教育機関等)や教育ローン(公的融資は日本政策金融公庫等)の他に自治体の就学援助や各種助成金など、低利かつ元本据置で学生の間は利息部分のみの返済で済むなど融通性の高い手段も多くあります。返済の考え方についてもお子様本人だけに負わすのが忍びないなら折半する方法も考えてみてはいかがでしょう?
家計にとってかけがえのないものの優先順位を考えましょう
家族にとってかけがえのないものを挙げようとしても枚挙に暇はないと思います。しかしここであえて家計としたのは、幸せな暮らしを脅かすリスクについて客観的にイメージしてもらうためです。小学生と中学生のお子様2人と高齢のお母様の生活を昭子さんが一身に背負う成田家にとって、昭子さんの健康と収入こそが家計で最も優先順位の高いことは言うまでもありません。そのことを自覚しておられる故、ご自身を被保険者とする死亡保険(終身保障で500万円、60歳払込済み)と医療保険(終身保障で日額5000円、終身払い)に加え、教育資金の貯蓄方法については学資保険を選ばれているのでしょう。学資保険は契約者が死亡・高度障害になった以後も保険料免除で契約が継続されます。つまり、成田家では学資保険の満期保険金の合計額570万円はそのまま死亡保障額に充当でき、終身保険とあわせて1,070万円の遺族生活保障が準備済みといえます。
しかし、ひょっとするとそう遠くない将来、昭子さんの健康と収入を同時に脅かすかもしれないリスクとして、お母様の要介護問題が懸念材料として考えられます。
家族が要介護状態になっても公的介護保険制度の保障が見込めますが、介護サービス費用の1割相当額は自己負担ですので、この負担がまず成田家の家計を直撃します。さらに、いくら介助支援をサービスに求めたところで毎日終日に渡り頼めるわけではありません。必然的にヘルパーに依頼できない時は家族の誰かが負担することになりますが、お子様がそれを担えないうちは昭子さんの役目となり、必然的に現在のようにフルタイムで働くことが困難になる可能性もあり得ます。つまり収入減です。また会社勤めと家事に加えて介護の負担、しかも公的サービスでは期待できない休日や深夜に及ぶ家族介護の負担は想像を絶するものです。
これに対する備えとして、最近では生損保会社から70歳以上でも加入でき、保険料掛捨てタイプの割安な終身介護保険が販売されています。昭子さんご自身の分とあわせて検討されてはいかがでしょうか。
改善手段としての複合案の一例
上述の図表で示したキャッシュフロー表は、あくまでもある一定前提条件の元で試算したものです。したがってもう少し詳細な条件を反映すれば多少異なった結果になるでしょう。また、予測は現時点でのものなので残念ながら万能ではありません。可能な限り数年毎に試算し直し、常にアップデイトされたシミュレーションを把握し、改善策の微調整をされることをお勧めします。
その上で、改善手段の一例を複合的に検討し、貯蓄残高の予測推移を比較してみました。
まず、現状予測では70歳を超えた辺りから貯蓄残高が枯渇する可能性がありますが、大学費用を奨学金で賄い、お子様2人に各々で自費負担してもらうプランが対策①のグラフです。学資保険の満期保険金と超過する教育費相当額が老後生活資金として残せますので、貯蓄残高枯渇予想年齢が概ね80歳まで後ろ倒しにできます。
これに加え、さらに対策②では中古マンションを現金購入するプランを加えました。つまり、対策①と②はお金の使い方として一般的な「教育費=現金払い、住居費=ローンによる後払い」の発想を逆転させたものとなります。ただし購入時期は長女が大学を卒業し、次女の卒業時期も迫る10年後程度に遅らせています。
時期をずらす理由は2つあります。まず、お子様の独立・別居を視野に入れ、よりコンパクトかつ割安で長期的・現実的な居住スタイルに対応した物件を選べること。そして、現状の貯蓄ペースを継続できる前提ではありますが、中古マンション(価格は現在のお住まい付近の相場を踏まえて700万円、初期費用80万円程度)をローンではなくキャッシュで購入するためです。現在、中古マンション市場は人気高の影響も受け価格上昇の傾向にありますが、今後は一転、人口減に伴い建物の過剰感から価格が下落するとの予測もあります。もちろん将来予測は不確実性を伴いますので、適宜、不動産相場をウォッチして頂くとともに、万一、市営住宅を退室する状態になっても、代わりに県営住宅や隣接地域の公営住宅に居住できないか自治体に確認する必要があります。ただしマンション購入価格によっては生涯賃料負担よりコスト抑制の効果も見込め、老後生活負担の軽減に繋がる可能性が高くなるといえます。
さらに、プラン③は生活支出の削減(月5000円、現在の積立の1割増程度)、プラン④は保険設計を見直したものです。特に保険については現状ではやや不足気味と思われる昭子さんの死亡保障を、次女が21歳となり概ね養育負担解消の目処が立つ10年程度を保険期間とする定期保険で準備し、かつ昭子さん・お母様両方の終身介護保険を掛け捨てタイプの保険で準備することを想定しています。この種の保険なら各々の保険料も月々数千円の負担で準備することも充分可能です。繰り返しになりますが、将来高い確率で生じる可能性のある介護費用負担は、必要となる金額も期間も不確実性が高いものです。リスク性の高い費用の財源としては貯蓄資産より相性の良い保険資産に移しておくのが無難でしょう。
改善プランはほんの一例ですが、これら4案を同時に検討すれば資金枯渇予測年齢を概ね20年程度遅らせることも見込め、当面のビジョンとしてはひとまず安心といえそうです。
まとめにかえて
お金に関わる不安や悩みは複雑に見えがちです。しかし実はすべて同一線上における使い方の優先順位を確かめることで一挙に解消できるものなのです。また、多くの場合は対処時期が早いほど負担は軽く済み、かつその手段の選択肢も豊富です。しかし逆に何歳からでも対応の仕方はあります。気付いた時に、蓋をしてしまった不安を明確にし、その時々で実行可能な手を打つことが大切です。解放でき得るお金に関する不安を解消し、ご自身とご家族の健康管理とお金以外の悩み事に気持ちを向けられる状況を作り上げてください。