再婚した妻に法定相続分よりも多めに財産を残そうと考えています。 こども達とのバランスでモメないでしょうか。


再婚した妻に法定相続分よりも多めに財産を残そうと考えています。
こども達とのバランスでモメないでしょうか。

鈴木 暁子先生 (すずき あきこ) プロフィール
  • お子様との関係を壊さないことが重要です
  • 奥様の相続まで対策をたてる必要があります
  • 相続税対策より、モメない相続対策のほうが重要です

伊藤 彰夫さん(仮名 65歳・嘱託)のご相談

15年前に妻と死別し、以来子どもと3人で生きてきました。その後、子どもたちの大学卒業を機に、私も再婚をしました。子どもたちが成人してからの再婚なので、子どもたちにとっては「育ててくれた人」ではありませんが、妻に対しても大人の対応をしてくれています。その意味では問題ないと思っていますが、将来の相続を考えた時に、何か問題が起きないか不安です。私が亡き後、妻が心配なく暮らせるように、自宅(土地付一戸建て)とその後の生活費は妻に残すつもりです。ただその場合、子どもたちの相続分とのバランスが心配です。そのために少しでも貯金を増やしておきたいと嘱託として60歳以降も働いてきましたが、今年いっぱいで完全リタイアとなります。モメないようにするためには遺言書を書けば大丈夫でしょうか。

伊藤 彰夫さん(仮名 65歳・嘱託)のプロフィール

家族構成 : 本人
妻(後妻・60歳・専業主婦)
長男(37歳・会社員、既婚)
長女(34歳・派遣社員・既婚)
資産状況 : 土地付き一戸建て:4,500万円(評価額)
株式 :1,000万円(評価額)
投資信託:300万円(評価額)
定期預金:2,500万円
国債 :300万円
MMF :200万円
普通預金:200万円
収入 : 本人 300万円/年
現在の生活費 : 約30万円/月
年金 : 本人 65歳~:約251万円/年
(老齢厚生年金:約180万円 老齢基礎年金:約71万円)
妻   60歳~:約10万円/年
65歳~:約87万円/年
(老齢厚生年金:約10万円 老齢基礎年金:約77万円)

奥様が亡くなり2次相続される際には
ご主人が残した財産はお子さんに相続されないので対策を

1.熟年結婚はお金の問題を切り離せません

伊藤さん、こんにちは。成人されたお子様がお父様の再婚を認めてくださっているのは何よりです。ただ、相続となると話は別です。特に伊藤さんは資産も多いので、ご心配されているようにモメる可能性も少なくありません。

【伊藤家の一次相続(伊藤さんの相続)】

まず、伊藤さんの第一優先希望である「伊藤さん亡き後の奥様の生活確保」についてですが、伊藤さんの資産は概算で約9,000万円です。民法で定められた法定相続分で分けると、奥様が2分の1、お子様2人で2分の1となります。評価額ベースで考えると、奥様が4,500万円、お子様が2,250万円ずつということになります。ただ、ご自宅を奥様にということですので、奥様にはさらに生活費の補完として金融資産の一部を相続させることになります。この場合は法定相続分以上の相続分を奥様に残すことになるので、遺言書で指定したほうが良いでしょう。

ちなみに伊藤さんに万一のことがあった場合、奥様の今後の必要保障額を見てみましょう。

【今後の収入】(終期は奥様が90歳の時と仮定)

<奥様の年金>
61歳~:約10万円/年(特別支給の老齢厚生年金)
65歳~:約87万円/年(老齢厚生年金+老齢基礎年金)
61歳~64歳:約57万円/年(中高齢の寡婦加算)

<遺族厚生年金>
伊藤さんの老齢厚生年金予定額:約150万円 ⇒ 遺族厚生年金 約112万円
(老齢厚生年金×3/4)
61歳~64歳:約135万円
65歳~:約125万円
※奥様が65歳になり、遺族厚生年金の受給権に加え、ご自身の老齢厚生年金の受給権を有する場合、ご自身の老齢厚生年金は全額支給となり、遺族厚生年金は老齢厚生年金に相当する額の支給が停止となります。

整理すると
61歳~64歳:202万円
65歳~   :222万円

となります。

【今後の支出】

<生活費>
生活費:約252万円/年(現在の生活費の7割と仮定)
税金・社会保険料など:約15万円/年(固定資産税含む税金・社会保険料などを仮定)
その他:500万円(住宅修繕、家電買い替えなど)

<奥様の年金>

民法では遺留分という、最低保証のようなものを定めています。等分でない相続も多くありますが、その場合でも最低保証分は侵してはいけないというものです。
伊藤さんに相続が発生した時の相続人は奥様とお子様2人。その場合の遺留分は以下のとおりです。

【配偶者と子が相続人の場合】

法定相続分 遺留分
2分の1 4分の1
長男 4分の1 8分の1
長女 4分の1 8分の1

これによればお子様ひとりあたりの遺留分は1,125万円。つまり奥様には自宅以外に最大2,250万円分まで相続させることが可能です。その点では見積もった必要保障額(金融資産から奥様が相続する分)は何とか範囲内ですので、不当ではありません。

しかしこのような場合、たとえ遺言書で有効な分割をしたとしても、お子様に不満が生じる可能性は十分あり得ます。少々キツイ言い方になって申し訳ありませんが、奥様はお子様の養育や伊藤さんの現役時代をずっと支えてきたわけではありません。したがって家族への貢献度という意味ではどうしても浅いわけです。お子様2人にとっては再婚がなければ本来4,500万円ずつを引き継げたわけです。それが法定相続分で分割したとしても2分の1、さらに遺言書でそれよりも少なくなってしまうのですから。

2.二次相続の時に大きな問題が発生します。

しかし、遺言書で今回の分割をしたとしても、実はその後にも問題が残ります。むしろこちらのほうが大きな問題とも言えます。これは伊藤さんの遺産を相続した奥様が亡くなり、奥様の相続が発生した時です。

奥様はご実家のご両親が亡くなられ、お兄様がいらっしゃるとのことです。法定相続の順位は第一順位:子ども、第二順位:父母・祖父母、第三順位:兄弟姉妹なので、お子様がいれば、通常実兄様が相続することはありません。ところが、奥様とお子様は養子縁組をしていらっしゃらないので、伊藤さんと奥様はご夫婦であっても、奥様とお子様には法的な親子関係は存在しません。つまりお子様は奥様の法定相続人ではないのです。するとどのようなことが起こるでしょうか。

【伊藤家の二次相続(奥様の相続)】

奥様の法定相続人は実兄様(実兄様がすでに亡くなられている場合は実兄様のお子様)ということになり、奥様の生活保障のために残したご自宅等は、奥様亡き後、伊藤さんのお子様たちではなく、奥様の家系に移ってしまうことになります。このような状況は、伊藤さんとしても不本意と思われるのではないでしょうか。逆に伊藤さんの相続でお子様たちに相当我慢してもらったとすれば、この自宅はお子様たちに引き継がせたいと思われるでしょう。しかし遺言書ではこれが限界なのです。

3.遺言以外の方法で残したい人に残せる方法があります。

実は、伊藤さんと同じようなお悩みを持たれる方は決して少なくありません。しかし、遺言書による対策は、一次相続では意思を通すことができても、その後までは残念ながらコントロールできません

ところが、最近「家族信託」という制度が注目されています。信託というと信託会社などが扱うイメージがありますよね。確かに従来は免許を持っていなければ信託を受けることができませんでした。しかし平成19年に信託法が改正され、「利益を得る目的で反復継続して」信託を受けなければ、免許は不要となりました。これにより家族による信託が可能となったのです。

【家族信託による例】

家族信託では登場人物が3種類います。
委託者:信託を依頼する人(伊藤さん)
受託者:信託を受託する人(長男様)
受益者:利益を受ける人(奥様)

家族信託では、信託財産の所有権(この場合自宅)は受託者に移ります。ただし信託財産から得られる価値は受益者のものになります。
つまり自宅の所有権は長男様に移すことで、伊藤家の家系に承継させられます。一方、父と結んだ信託契約により、長男様は自宅を勝手に処分したりすることはできず、奥様がご存命のうちは奥様に住んでいただくことを可能にします。

幸い、伊藤さんとお子様たちは非常に仲が良いとのことですので、奥様の生活確保をしたいお気持ち、しかしお子様をないがしろにするわけではないということを、このような形で実現したいと時期を見てお子様とお話されることを検討してはいかがでしょう?

4.相続対策は相続税対策ではありません。

もし、家族信託で長男様に自宅の所有権が移ると、自宅に関して小規模宅地等の特例などは使えません。ご長男様はすでにご自分のご自宅を所有して別居しているため、適用の対象にならないからです。

そうすると、今度は相続税がかかることになると思いますが、個人的には家族がモメなくて済むのであれば、相続税を払うことを良しとすべきではないかと考えます。場合によっては、生命保険の非課税枠を活用して金融資産残高を減らしつつ、奥様への生活資金を残すといった方法でも良いでしょう。いずれにしても、相続対策は相続税対策ではなく、モメない相続を実現させることだと考えてください。

今回は、意思を残す方法として遺言以外の選択肢もあることをお伝えいたしました。これはあくまで一例ですので、実際に検討される場合は、長男様と長女様との相続分のバランスなども考慮していく必要があります。また、権利関係は一度決定すると簡単に覆したり解消することはできません。家族信託を検討する場合も慎重に行ってください。このあたりは弁護士、税理士さんにご相談されることをお勧めします。