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ゆくゆくは実家を相続すべきか迷っています
井上 信一先生 (いのうえ しんいち) プロフィール |
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土屋 太さん(50歳 仮名)のご相談
現在、実家には両親が暮らしています。幸い2人ともまだ介護が必要な状態ではありませんが、なにぶん高齢ですので、親族で集まった際には将来の相続についての話題がボチボチ出るようになりました。
親は特に資産家ではなく築50年の建物と土地が主な相続財産になります。 その実家は最寄り駅から徒歩15分程度の住宅街にあり、通えない距離ではないものの、今の自分の暮らしと比べると格段に交通の便が悪くなるので、戻ることは考えられません。とはいえ、社会人になるまで自分も住み、他界した祖父母とも一緒に暮らしていた家なので想い出も多く、ドライに処分するなど割り切ることも中々できそうにありません。 今すぐに決めねばならない話ではありませんが、将来的にどのような選択肢などがあるのか、ご相談させて下さい。
土屋 太さん(仮名)のプロフィール
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ご両親の気持ちと安心できる生活を優先し、相続だけでなく介護も視野に入れた選択肢から検討を
相続した実家が空き家となる可能性も
土屋様、ご相談ありがとうございます。 “ふるさと”と呼ぶほど遠方になくても、生まれ育ったご実家には思い入れがありますよね。 ご自身の生活を持たれるようになっても、昔と変わりなく”帰る場所”があり、そこでご家族が暮らしているという状況はいつまでも変わって欲しくないと思うものです。 実際、人と人とはいつか訪れる別れに抗うことはできないのですが、”物や財”は、やむを得ない事情や決断のない限り手放すことはなく、生涯その手に持ち続けることも可能です。記憶や想い出が刻まれた実家であればなおさらのこと。親から引き継ぎ、利用に持て余してはいるものの手放せないといった方も多いようです。
ところで、総務省の「住宅・土地統計調査」によると、平成25年10月時点の全国の総住宅数6,063万戸のうち空き家数は実に820万戸と全体の13.5%を占めています。空き家は年々増えおり、5年前より増加した63万戸の約8割が一戸建てとのこと。 また、別の調査では、住宅の除去や減築が進まねば、2033年の空き家数は総住宅数の30%にあたる約2,150万戸まで増え続けると予測されています(野村総合研究所)。空き家所有者の約44%が親の住宅を相続により取得した方で、空き家の約76%が1981年5月以前の旧耐震基準建築との調査(価値総合研究所)もあります。
住宅を空き家のままにしている事情は様々だと思います。 売却したり、人に貸したりすることが難しい家も多いのでしょう。取り壊すにも解体費用に100万円~200万円程度はかかるといわれ、容易に着手できずにいる方もいるのでしょう。また、土屋様のような心情から、”とりあえずそのままにしている“という方も少なくはないはずです。ですが、現実には適切な管理がなされていない空き家は多く、防災・防犯・衛生・景観等の点からも国はこの事態を重く見ており、これまでのように、とりあえず持っておく、という選択はいよいよ厳しくなっていくと思われます。
親の生前から実家の対策が必要
今年2月に「空き家等対策の推進に関する特別措置法」という法律が全面施行されました。この法律により、放置しておくと危険が想定される一定の「特定空き家」に該当すると、これまで「住宅用地の特例」が適用されていた固定資産税や都市計画税等の大幅な軽減措置の要件から外れてしまうことになります。つまり、更地と同じ税金が課せられるようになり、「たとえ朽ち果てようが、建物があるだけ更地よりは得」という理屈が通らなくなります。
また、行政等から家屋の持ち主に修繕や撤去の指導・勧告・命令が行なえるようになり、この命令に従わなかった場合には強制的に撤去され、その費用も持ち主に請求される「代執行」が可能となっています。 要は、空き家でも老朽化が進み周囲に悪影響を及ぼさぬよう、適宜、維持管理の手を入れておけば良いのですが、その手間や代行業者等への費用もバカにはなりません。「とりあえず家を継いで放置しておく」という選択肢は、経過する時間が長くなるほど良い対策を見出せなくなりがちなので、優先順位の最後方とするのがベターといえます。
では、どうすべきでしょうか。
実は家を相続した者が取り得る選択肢は限られていて、およそ次の4つに絞られます。
① 相続人が住む
② 売却する
③ 建物を改築して人に貸す
④ 建物を壊して別の用途に活用する
上記はいずれも、他の相続人と揉めないようにせねばなりませんし、片親の生活への配慮が優先されます。しかし、ご両親の元気なうちから実行可能な打ち手でもあります。むしろ、これから身体の自由が利かなくなるかもしれない親のQOL(quality of life)を考慮すれば、早めに手を打っておくほど安心といえます。 いずれにしても、子の世代が実家の処分に心情的に迷う可能性があるのならば、いっそ、その財を築かれたご両親のお気持ちに委ね、今後のご両親の生活を最優先にご家族で検討されてはいかがでしょうか。
親のQOL向上のために自宅を活用する方法も
土屋様も弟さんのどちらも、住まいが実家とそれほど離れていないのは幸いですが、自宅を売却してもう少し目の届く近所に親が住み替えをされるようになれば安心でしょう。 しかし、ご両親が今までと同じ環境での暮らしを望まれる場合は、災害等に備えるために老朽化した家屋の改築やプロによる介護介助の手当て、単身になっても不安の少ないように見守りなどの保全や生活の質の向上のための措置を講じておく必要があります。
この際に新たな負担なく費用を捻出できるのが「リバース・モーゲージ」という制度です。これは自宅を担保に融資を受け、元金返済は契約者である親(およびその配偶者)の相続時に、担保物件で弁済するしくみとなります。親の相続時には何も残りませんが、その代りご両親は住み慣れた自宅を手放すことなく、ご自身で築かれた住宅という財を、安心できる盤石な暮らしの実現に役立てるためのお金に換える手段です。考え方によっては、思い入れのある実家を最も有効に活用する方法といえるのではないでしょうか。 なお、制度には社協等の取り扱う公的なものと金融機関の扱う民間のものとがあり、内容は多少異なります。融資を受ける担保評価が得られるか、取扱い窓口にご相談されるだけでも一考に値すると思われます※。
※将来、親の要介護時や親が単身となられた場合で住み替えが必要となった時に、家を売却することで融資契約を終了させることが可能か否か等の確認等も必要です。
最後に
税制改正により相続税が他人事ではなくなりつつあります。相続が発生しても、(相続税の計算上、大きな税額軽減のある)配偶者がいれば当面の課税は回避できる可能性がありますが、その配偶者の2次相続時に大きな問題が押し寄せます。仮に、母親が先に亡くなり、不動産等の名義人である父親が残されると、その時点で検討できる対策に限りがあります。 また、空き家問題については、国土交通省が2016年度税制改正要望項目として、「相続した一定の家屋の改修費用に係る優遇税制」を提案しています。制度化されるかどうかはわかりませんが、世帯数が減っていく我が国では、今後、土屋様のような悩みを抱える方が増えていくと思われます。一朝一夕に解決できるベストな答えは中々ないので、時間をかけて家族で話し合っていくことが大切なのでしょうね。