第65回:インフレ? スタグフレーション? 物価上昇の中、家計はどうすればいい?


2007年後半から、身近な物価が急上昇しています。ガソリン価格の高騰や食料品の値上げも毎月のようにニュースになり、車の利用を控えたり、値上がりが予想されるものを買いだめしたりと、物価上昇に備えておられるご家庭も多いかと思います。

  • なぜ、こんなにも物価が上がってしまったのでしょうか?
  • 今後も物価の上昇は続くのでしょうか?
  • これからの家計管理は、少し前の「値下がり」の時代と同じで大丈夫なのでしょうか?

今回は、身近な物価上昇について理解を深めると共に、ご家庭でどんな対策がとれるのかを考えてみたいと思います。

企業物価が急上昇し、消費者物価にも波及。今後は小売価格のさらなる値上げも

日本国内の物価に関するデータで代表的なものには、消費者物価指数国内企業物価指数の2つがあります。毎日の生活の中でも物価上昇は十分感じられると思いますが、まずはデータで最近の物価上昇の状況を確認してみましょう。

消費者物価指数 総務省発表、小売段階の価格水準を示す指数。一般的に、価格変動の大きい生鮮食品を除いた総合指数が使われる。
国内企業物価指数 日銀発表、製品の出荷や卸売り段階において企業間で取引する製品の価格水準を示す指数。

<図1:消費者物価指数と国内企業物価指数の推移>

消費者物価指数と国内企業物価指数の推移

※消費者物価指数:総務省発表、生鮮食品を除く総合指数、2008年6月分まで

※国内企業物価指数:日銀発表、2008年7月速報値まで

上記のグラフ(図1)でわかるように、消費者物価指数は昨年秋から徐々に上がりはじめ、今年6月には前年同月比1.9%増と大きな伸びを示しています。一方で、国内企業物価指数は消費者物価指数以上に大きな伸びを示しており、8月12日に発表された7月の速報値では、前年同月比7.1%増の上昇率となっています。

また、このグラフでわかるように、消費者物価指数と企業物価指数の乖離幅はだんだん大きくなってきています。これは、企業側が、小売価格を値上げしてモノが売れなくなることを懸念し、原材料費が上がっているのに小売価格を引き上げていないことを意味します。しかし、企業側のガマンもそろそろ限界に近づいており、今後は更なる小売価格の上昇も予想されます。

物価上昇の原因は様々に絡み合っている・・・

現在の物価上な人昇の原因は、世界的口増加による食料需要の増加、新興国の高成長によるエネルギーや原材料の資源需要の増加など、世界的な「需要の増加」がまず挙げられます。価格は需要と供給の関係で決まりますから、供給よりも需要が多くなれば、価格は必然的に上がっていきます。

また、昨年後半から世界経済を揺るがしているアメリカのサブプライム・ローン問題も価格上昇の原因の一つとして挙げられます。この問題を契機にアメリカの景気が悪化し、米ドル安・米株安が進み、米連邦準備制度理事会(FRB)が連続利下げを実施したことも重なって、金融市場から流出した投機資金が商品市場に向かい、原油価格や穀物価格などを高騰させ、世界的なインフレ圧力を強めました。

さらに、ガソリンに代わるエネルギーとしてエタノールの生産がアメリカなどで奨励された結果、小麦やとうもろこしなどの食料・飼料の生産が減り、食糧価格の高騰を招いたという側面もあります。

現在、日本では物価が上がっても、収入は増えていない・・・

物価が上がる中、企業が原材料費の上昇分を小売価格に反映しない(値上げしない)ためには、企業努力でコストを減らすしかなく、そのための対策として人件費(社員に払う給料)も抑えられています。実際、今年6月の毎月勤労統計(速報値、従業員数5人以上の企業、厚生労働省が7月31日に発表)によると、基本給に残業代などをあわせた1人当たりの「きまって支給する給与」は27万478円(前年同月比0.1%増)、ボーナスなどの「特別に支払われた給与」は19万2535円(同1.5%減)で、1人当たりの現金給与総額では46万3013円(同0.6%減)と、給与所得者の収入は厳しい状態が続いているといえます。

また、リタイア世代の主な収入である公的年金は、2004年に導入された「マクロ経済スライド」によって、物価が上昇しても、消費者物価指数から一定率(0.9%程度)を差し引いた割合でしか受給額は増えません。例えば、物価が1%上昇したとしても、年金額は0.1%(1%-0.9%)しか増えないため、公的年金による収入だけでやりくりしていると、物価が上がれば、だんだんと買いたくても買えない状況になっていきます。

デフレ、インフレ、スタグフレーションの違いは?

通常は、景気が良くなると、供給よりも需要が増えて、物価が上がる「インフレ」の状態になります。逆に、景気が低迷すると、供給よりも需要が減り、物価が下がる「デフレ」の状態になります。バブル崩壊後の日本は、長い間、デフレの時代が続きました。

現在の状況については、物価が上がり、景気の後退が明らかになってきて、「スタグフレーション」を心配する声も一部で出てきています。このスタグフレーションとは、景気が悪いのに物価が上昇する、生活していく上で「踏んだり蹴ったり」の状態を意味します。2008年8月時点では、政府のデフレ脱却宣言はまだ出ていませんが、今後は生活を守るために、デフレの時代とは異なる、物価上昇に対応した資産運用や家計管理の対策を立てることも必要ではないかと思います。

<図2:デフレ、インフレ、スタグフレーションの状況>

  デフレーション
(デフレ)
インフレーション
(インフレ)
スタグフレーション
景気
物価

預金金利は、物価上昇率に追いつかない・・・

現在の預金金利は、普通預金で0.2%程度、1年物の定期預金(預入額300万円未満)で0.35%程度です(2008年8月時点)。これに対して、6月の消費者物価指数の伸び率(速報値)は、前年同月比1.9%増となっています。

預金金利が低くても物価が下落傾向にあるデフレの時代であれば、超低金利の預金だけで運用しても、実質的には少しずつでも資産を増やすことができました。しかし、現在のように物価上昇率が預金金利を上回っていると、預金でお金を運用しても、買いたいものが買えなくなってしまうかもしれないのです。

例えば、1000円のTシャツが1年に2%値上がりすると、来年には1020円になります。現在の1年定期の金利は0.35%程度ですから、1年預けても1003.5円(税金は考慮せず)にしかならず、来年は預金で運用しただけではTシャツを買うことができません。

<図3:消費者物価指数と預金金利の推移について>

※消費者物価指数:生鮮食品を除く総合指数(2006年1月~2008年6月)

※預金金利:定期預金の平均金利(期間1年以上2年未満、預入額300万円未満、2006年1月~2008年6月、日銀公表)

物価上昇に備える資産運用は?

一般に確定利付きの金融商品といえば、預金のほかに債券などがあります。例えば、7月発行の個人向け国債は、固定金利の5年物が1.22%、変動金利の10年物が1.0%と、預金金利に比べれば金利は高いものの、物価の上昇率には追いついていません。預金も債券も、利息には所得税・住民税合わせて20%の税金がかかるので、さらに物価上昇率との差は開いてしまいます。すなわち、確定利付きの金融商品だけの資産運用では、物価上昇時において、消費者物価指数を上回ることは非常に難しいといえます。

分散投資で資産全体の利回りを向上させる

では、このような物価上昇期には、どんな資産運用を行えばよいのでしょうか?

前述したように、確定利付きの金融商品で資産を「守る」だけでは実質的には目減りしてしまいます。これに対処するには、投資信託・外貨建て金融商品・株式などの、価格が変動し元本割れのリスクもあるけれど、大きなリターンも期待できる金融商品に投資することが必要になってきます。一般に、各金融商品の価格変動のしかたは異なるので、複数の特性の異なる商品や銘柄に分散投資すれば、価格が下落しても資産が減少するリスクを減らすことができます。

投資信託 株式や債券、派生商品など投資先によって多くの種類があり、複数の銘柄に投資されるので、少額の資金で分散投資が可能(低リスク~高リスク)。投資先は、国内外が選択可能。
外貨建て
金融商品
外貨預金や外国債券等は、円預金や円債等より高金利で、利息は現地通貨建てでは確定しているが、円から外貨、外貨から円へと換金が必要なため、為替リスクが伴う。円高時に購入し、円安時に満期が来れば為替差益が得られるが、購入時よりも円高になっていれば為替差損が生じて、元本割れすることもある。購入時には、為替手数料や、円高時には実質どれくらいの利回りになるかなどを試算して十分検討することが必要。
株式 株価は下落もするが、大きなリターンも期待できる。株価の変動にはトレンドがあり、銘柄の選択にもよるが、中長期的にみれば、預貯金を上回る収益が期待できる。

世代や家庭によって異なる運用方法

物価上昇期においても、資産運用の際は、保有資産、家庭状況、使用目的、年齢などで適する運用方法は異なります。そのため、むやみに大きなリターンを期待できる金融商品(リスクのある商品)で運用すればいい、というわけではありません。

どの世代であれ、近々使う予定の資金(住宅購入資金、進学資金、自動車購入資金、生活費等)をリスクのある商品につぎ込むわけにはいきません。いざ使おうというタイミングで価格が下落していたら、必要資金が足りなくなる可能性があるからです。また、保有資産そのものが少なければ、投資資金の価格変動による一時的な減少が、そのまま生活を圧迫する可能性もあります。リスクのある商品(投資)には、長期間(少なくとも5年)、手をつけなくても構わない余裕資金を回しましょう

現役世代 働いて収入を得ながら、教育資金や住宅購入資金などに必要なまとまった資金を貯めては取り崩していくことになる。また、将来の老後資金も、長期間運用して準備していくことになる。「長期的にまとまった金額をつくる」には、満期ごと、決算ごとの利息や配当を受け取らず、元本に組み入れて運用して「複利効果」を得るほうが、資産を大きく殖やすことができる。
リタイア世代 現役時代に貯めた資金を運用しつつ、生活費の足しにしていく場合が多い。日々の生活費の足しにしたり、お小遣いにしたりするならば、満期ごと、決算ごとに利息や分配金が受け取れる、個人向け国債や分配型ファンドなどを利用するのもよい。

物価上昇に備える家計管理は?

最後に、物価上昇の際には、資産運用だけでなく、家計管理にも注意することが必要です。ある意味、家計管理は確実に効果があるので、今一度チェックしてみましょう。

金利動向に応じて、ローンを見直す

住宅ローンは、金利上昇期なら長期固定のローンを組めば、金利負担を長期に低く抑えることができ、一方で金利下降期なら変動金利や短期固定金利のローンを組めば、金利が下がるにつれてローンによる負担も減っていきます。

一般的には、物価が上昇してくると、長期金利が上昇する可能性が高いのですが、現在(2008年8月時点)、日本では景気が悪くなってきているため、債券価格が上昇し、長期金利は下落傾向にあります。米国のサブプライム・ローン問題もいまだ解決には至っておらず、世界の経済情勢は不安定で、金利動向を読むのは非常に難しい状況です。そのため、ローンを借りている方は、金利動向に関するニュースに注意し、状況に応じてローンの金利タイプを検討し、また借り換え等も検討することが必要になってくるでしょう。

資産運用だけでなく、家計支出の引き締めも並行して

物価高に備えて、資産の運用方法を変えることは有効なのですが、運用の成果を得るにはある程度の時間がかかります。すぐにできて、効果がでる対策は、やはり、「家計支出の引き締め(節約)」です。ガソリン価格や食品価格の高騰対策として、自転車を使う、遠出を避ける、公共交通機関を使う、特売等で安値買いをする、外食を控えるなど、節約対策も資産の運用方法の見直しと並行して行っていきましょう

2008年9月
ファイナンシャル・プランナー(CFP®)大林香世