日々の生活を送る上で、‘病気やケガで働けなくなった時のリスク’ は誰にでもあります。このような事態に陥った場合、会社員、公務員、自営業者など、勤務先や働き方によって公的な支援策は大きく異なります。そのため、それぞれのケースについて、最低限その内容を知っておくことは大切です。また、支援策が十分でない場合やさらなる安心のために、貯蓄や保険などで準備しておくことも検討しておきたいものです。
今回のコラムでは、「病気やケガで働けなくなった時の公的支援や対処法」をテーマに、基本的な制度概要や対処法などのポイントについて解説してみたいと思います。
会社員、公務員、自営業の方の社会保険制度の違いは?
万が一、病気やケガで働けなくなった場合、まず利用するのが公的な支援策(=社会保険制度)です。社会保険制度とは、社会全体で保険料を負担し、病気・ケガ・出産・失業などの際に給付を行う制度で、政府や都道府県、市区町村、政府から認可を受けた特別な団体などが運営しています。
現在、日本では、「公的医療保険」「公的年金」「介護保険」「労働者災害補償保険(労災保険)」「雇用保険」の5つの社会保険制度があります。これらの制度は、対象者(被保険者)によって、利用できる制度や窓口が以下のように異なっています。
<加入対象者別の社会保険制度の内容と窓口>
対象者 | 社会保険制度の内容 | 窓口 |
会社員 | ・健康保険(医療) ・厚生年金保険(年金) |
社会保険事務所 |
・介護保険(介護) | 各市区町村役場 | |
・労災保険(業務災害・通勤災害等) | 労働基準監督署 | |
・雇用保険(失業等) | 公共職業安定所 | |
公務員 | ・短期給付(医療) ・長期給付(年金) |
各共済組合 |
・介護保険(介護) | 各市区町村役場 | |
自営業者 | ・国民健康保険(医療) ・介護保険(介護) |
各市区町村役場 |
・国民年金(年金) | 各市区町村役場または社会保険事務所 |
次に、病気やケガをした場合の対象者別の公的支援を見てみましょう。
会社員の方の公的支援は?~その1(健康保険・厚生年金保険)~
通常、民間企業の会社員等やその家族の方が、病気やケガをした場合に利用できるのが「健康保険」です。健康保険には、全国健康保険協会が被保険者となる全国健康保険協会管掌健康保険(以下、協会けんぽ)と組合管掌健康保険(以下、組合健保)があります。協会けんぽは、主に中小企業の従業員を対象としているのに対し、組合健保は、一定規模の大企業の従業員を対象としており、組合独自の上乗せ給付である「付加給付」を行うことができるなど、協会けんぽに比べて保険料や保険給付の面で有利になっているのが特徴です。
一般に病気やケガをした場合の健康保険からの給付には、「療養の給付」「療養費」「保険外併用療養費」「高額療養費」「疾病手当金」などがありますが、その中でも医療費が高額になった場合に一定の限度額以上を還付してくれる「高額療養費※」や、病気やケガで働けずに給料が受けられない場合に支給される「傷病手当金」は非常に心強い制度です。特に疾病手当金は、自宅療養でも最大1年6ヵ月、休業1日につき標準報酬日額の3分の2が支給され、その存在さえ知らない人も多いので、覚えておくと安心です。
※高額療養費は、申請漏れによる医療費の払い過ぎを解消するために、2007年4月から入院治療について、市区町村窓口で事前に「限度額認定証」の交付を受け、それを提示すれば、病院の窓口では、最初から上限額のみを支払えばよいという仕組みになっています。
<健康保険の傷病に関する給付の種類と内容>
給付の種類 | 給付の内容 |
療養の給付 (家族療養費) |
業務外の病気やケガについて、医療費の自己負担割合3割(70歳未満。小学校就学前は2割)で治療が受けられる給付。 |
療養費 (家族療養費) |
被保険者証を持っていない場合、一時本人が立替え払いをして、後で保険者から払い戻しを受けられる給付。 |
保険外併用療養費 (家族療養費) |
保険診療として認められていない高度先進医療などを受けた場合、通常の療養と共通する部分について、保険外併用療養費として受けられる給付。 |
高額療養費 | 同じ人が同じ月内(暦で1日~末日)に、同じ医療機関(診療科)で支払った医療費の自己負担額が、一定の限度額(自己負担限度額)を超えた場合、その超えた分が支給される。 |
傷病手当金 | 病気やケガで働くことができず、連続3日以上休業した場合、 4日目から最大1年6ヵ月間、標準報酬日額×2/3が支給される(給料が受けられない場合)。 |
※( )は家族などの被扶養者に対する給付の名称
また、万が一、病気やケガで障害が残った場合、公的年金から「障害年金」を受給することができます。会社員の場合、厚生年金保険に加入しているので、「障害基礎年金」に上乗せして「障害厚生年金」も受給することができます。実際の年金額は、障害の程度に応じて1級から3級までで、手足の切断などの重篤な症状だけでなく、内臓疾患などでも支給されることがあります。
<障害年金(平成21年度価格)>
障害等級 | 年金種類 | 金額 |
1級 | 障害基礎年金 | 79万2,100円×1.25+子の加算額 |
障害厚生年金 | 報酬比例の年金額×1.25+配偶者加給年金額 | |
2級 | 障害基礎年金 | 79万2,100円+子の加算額 |
障害厚生年金 | 報酬比例の年金額+配偶者加給年金額 | |
3級 | 障害基礎年金 | ― |
障害厚生年金 | 報酬比例の年金額(最低保障額59万4,200円) |
※子の加算額:第1子と第2子は各22万7.900円、第3子以降は7万5,900円
※配偶者加給年金額:22万7,900円
会社員の方の公的支援は?~その2(労災保険)~
健康保険は、業務外、つまり仕事の時以外の病気やケガに対する公的な支援ですが、業務上(業務災害)や通勤途上の事故(通勤災害)による病気やケガには、「労災保険」が適用されます。この労災保険には、病気やケガで治療や入院をした時に必要な治療が治るまで受けられる「療養(補償)給付」(業務災害には補償の文字がつく)や、休業した場合の生活補償として「休業(補償)給付・休業特別支給金」などがあります。なお、労災保険の給付金や特別支給金は非課税となっています。
公務員の方の公的支援は?
公務員やその家族の方の場合、「国家公務員共済組合」「都道府県職員共済組合」「都道府県学校職員共済組合」「市町村職員共済組合」など、それぞれの「共済組合」に加入しており、共済組合では、医療保険と年金保険の運営を併せて行っています。
これらの共済組合では、会社員の方が加入している健康保険に代わる制度として「短期給付事業」を行っていますが、受けられる給付の内容は健康保険とほぼ同じと考えてよいでしょう。また、業務上の病気やケガについても、「国家公務員災害補償法」や「地方公務員災害補償法」などの適用があり、公務災害という名称で、業務・通勤時の傷病のための「療養補償」や休業時の「休業補償」などの給付が受けられます(保険料の個人負担はなく、勤務先の役所等が負担)。
ちなみに、公務員や教職員は「失業」を前提としていないため、雇用保険に加入していません。したがって、定年前に退職した場合は、雇用保険の給付はなく、万が一、勤務先を辞めざるを得ない時は、その生活保障も考えておく必要があるかもしれません。
自営業の方の公的支援は?
自営業者やその家族の方の場合、病気やケガについては、「国民健康保険」から給付を受けることができます。その基本的な給付内容は、会社員や公務員の方が加入する健康保険や共済組合と比べてほぼ同じですが、最大の違いとして、病気やケガによる休業中の生活保障がありません。通常、健康保険や共済組合では、病気やケガによる休業中に「傷病手当金」が支給されますが(給料が受けられない場合)、国民健康保険には、原則としてこのような給付がありませんのでご注意ください。
また、保険料負担の面からも、健康保険や共済組合は労使折半ですが、国民健康保険は全額自己負担となっています。さらに、健康保険には、‘被扶養者’という制度があり、一定の要件を満たす家族は、保険料を負担することなく「家族療養費」等の給付を受けられますが、国民健康保険には、このような制度はなく、家族も収入に応じて保険料を負担することになります。
一般に自営業者には、自由に働いて収入を得るというイメージがありますが、その一方で業務上の病気やケガも国民健康保険の適用だけで(労災保険はなし)、原則3割の自己負担で治療等を受けることになり、イザという時の病気やケガの備えは会社員や公務員の方以上に必要となります。
自助努力の対処法・・・貯蓄や保険で不足分をカバーする!
万が一、病気やケガで働けなくなった時、社会保険制度など公的な支援は、会社員や公務員の方には手厚い一方で、自営業者の方には非常に薄いといえます。また、現実問題として、公的な支援だけでは足りないことが多く、イザという時に備えて、貯蓄をしたり、民間の保険に加入したりしておくなどの自助努力がより重要になってきます。
貯蓄については、イザという時にいつでも対応できるように、普通預金や貯蓄預金、短期の定期預金、MMFなど流動性の高い金融商品で準備しておくのがよいでしょう。一方で、民間の保険については、病気やケガに備える「医療保険」や、病気やケガで全く仕事ができなくなった(就業不能)時に、その間の収入を補償する「所得補償保険」などで準備しておくのがよいでしょう。
最後に、病気やケガで働けなくなるリスクは誰にでもあり、家計のリスク管理の面からもその支援策を知っておくと共に、事前にできる対応策を取っておくと、日々の生活においてやはり安心ではないでしょうか。
医療保険 | 入院時の医療費負担に備えるために、自営業者の方は1日1万円以上、会社員や公務員の方は1日5千円以上を確保。 |
所得補償保険 | 仕事をしなければ、ダイレクトに収入がストップしてしまう自営業者にお勧め。また、預貯金残高が多くない住宅ローンを返済中の方なども、加入しておくのは一つの方法。 |
2009年11月
ファイナンシャル・プランナー(CFP®)
黒田 尚子