不足する介護保険施設と空室増の民間高齢者施設
9月の初め、私が若い頃御世話になった友人A子さんから電話がありました。私が山梨のぶどう園から宅急便で送付した巨峰のお礼の電話です。いつも明るいA子さんですが、今回は少し違い、長引く配偶者の介護で疲れきった様子がいつもより長い電話でひしひしと伝わってきました。まさに、配偶者の状態は過去ベストセラーになった有吉佐和子の「恍惚の人」そのもの。お元気なときの夫婦を知っているからこそ、月日の酷さを感じずにはいられませんでした。長寿の今、誰にも訪れる可能性があるのが「介護の危機」、他人ごとではありません。今回は、身近で見た・聞いた介護の大変さの実態、介護保険3施設と民間の施設の状況などについてお話したいと思います。
共に90歳代のA子さん夫婦の場合 ~ 特養の入居待ちが200人
関西に住むA子さん(90歳)と配偶者B夫さん(92歳)は、パートで働く60歳の娘と孫2人の5人暮らし、1階の狭い部屋が夫婦の部屋、2階に娘と孫などが居住、隣との距離がほとんどない長屋的な2階建て戸建てに住んでいます。
この数年、認知症のB夫さんはデイサービスを週3回ほど利用し、家族に不都合がある都度ショートステイを利用していました。その頃はまだ今より状態も安定しており、「お父さんたら、ショートステイに行くのに、背広を着て黒いカバンを持っていくのよ!」と私に笑いながら話すゆとりがA子さんにありました。しかし、この1年は症状が急変、上記の電話になったのです。
<1ヶ月の介護の分担イメージ~ほぼ20日ショートステイ利用>
B夫さんは、現在3か所にショートステイを利用し月20日ほど入居し、残り10日ほどをA子さんが自宅で介護しています。A子さんは特別養護老人ホームの入居を希望していますが、現在200人の入居待ちとケアマネさんから言われ、ため息しかでない状況です。
B夫さんは既に排便を知らせることもできずオムツを使用していますが、オムツ内の汚物に上下のシャツなどを入れたりこすりつけたりするので洗濯物の量と臭いが半端ではありません。ざっと汚物をトイレに流し下着など手洗いし、洗濯機で2度洗うとのこと。いろいろ試したけど臭いとりは意外とキッチンハイターがいいのよと気丈に話してくれました。遠くに住む私にできることは、愚痴を聞いてあげることと、部屋の空気を綺麗にできる「空気清浄機」を送付することぐらいでした。
ショートステイに行かない10日ほどは、主にA子さんが着替えさせますが、体の向きさえ変えてくれない体格のよいBさんを体重40キロ未満で90歳のA子さんが着替えさせるのは並大抵ではありません。ときに孫の手をかりますがそれでも大変とのことです。
B夫さんがショートステイに行くある日、一度汚れたものを着替えさせた途端また汚したことがあり、汚物を抱えたままバスにのせ、施設で入浴時に流してくれたこともあったそうです。設備がある施設だから対応できたことですが一般の家では無理でした。B夫さんを送りだした後は疲れてただただ眠るだけ。普通の90歳は一般的に介護を受ける立場がほとんどですから無理もありません。
ある日の高齢者向け施設にて
今、国の施策は在宅で医療と介護を連携しながらの方向で動いていますが、在宅で高齢者の介護をする多くの人は1人または少ない親族で介護しており、心身共に疲れ果て回りと話す機会も時間も少なく孤独。いつまでこの状態が続くかわからない不安も抱えています。
一方、つい先日、認知症の高齢者が入居する介護付き有料老人ホームでアットホームな場面に出会いました。午後のオヤツの時間、入居している夫に面会のため訪れた妻に対し、ある意味暴力的な棘のある大きな声で話す(どなる)夫がいました。同じテーブルの認知症の人も気配から妻が気の毒と思ったのか、夫に一生懸命声かけしていますが状況は変わりません。そこへ30代の介護職員が一言「◯◯さん、奥さんに優しくしてあげて!」とやんわりと話しかけてくれました。夫もさすがに少し気づいてくれたようです。何より妻がみじめな自分の立場に気づいてくれた職員の言葉に嬉しそうでした。孤独な自宅では決して味わえないことです。
また他日、施設に入居している女性が施設に入居したことが分からず、「お父さん、ここはどこ?」とずっと言い続けていると、同じフロアの男性から「老人ホーム」と答えが返ってきます。
しばらくの間、ホッと安堵する女性の顔が見られます。問答はしばらく続きますが、自宅ではこんなに気長く答えてくれそうもありませんね。第3者がいる、介護の専門家がいる環境が本人と介護者の体力的な苦痛と心を和らげてくれることもあるのです。
空き室増の介護付き有料老人ホームなど
今、民間の介護付き有料老人ホームなどはむしろ最近空きが目立ちます。開設から時間がたっても空きが埋まらない施設も多数みてきました。ちなみに経営上稼働率は最低7割ほど必要とのこと。最近は、一部の介護付き有料老人ホームがショートステイを実施し初めました。空き室の有効利用が目的です。高齢者の介護入居の需要は増えているけど、費用が高めの民間施設に入りたくても入れない人も増えています。
費用が比較的安い介護保険施設も個室が増え多床室は減りつつあります。確かに個室は快適かも知れませんが、増え続ける高齢者の需要に逆行しています。民間施設に比べ比較的安い費用で個室に入居できる人はごく一部、入居できたもん勝ち。限られた戸数では溢れる人もでてきます。施設入居の可否を運に任せるのは気の毒な気がしないでもありません。
高齢者向け施設・住まい(特養含む)の位置づけイメージ
特別養護老人ホームの入所申込者の概況
単位:万人
要介護1~2 | 要介護3 | 要介護4~5 | 計 | |
---|---|---|---|---|
全体 | 17.8(34.1%) | 12.6(24.1%) | 21.9(41.8%) | 52.4(100%) |
うち在宅の方 | 10.7(20.4%) | 6.6(12.7%) | 8.7(16.5%) | 26.0(49.6%) |
うち在宅でない方 | 7.1(13.6%) | 6.0(11.4%) | 13.2(25.3%) | 26.4(50.4%) |
*要介護1~2の人数には、要支援等で入所申込みをされている方の人数を含む。
*千人未満四捨五入のため、合計に一致しないものがある。
厚生労働省『【特別養護老人ホームの入所申込者の概況】』(平成26年3月)より引用
特別養護老人ホームの入所申込者は、約52.4万人、うち入所の必要性が高い要介護4及び5で在宅の入所申込者は約8.7万人。とりあえずの申込者もかなりおり、地域差も大きいのが実態です。上記のA子さんが言う200人待ちが本当なら、配偶者のB夫さんは生存中には特養に入居できそうもありません。もちろん資金にゆとりがあれば介護付き有料老人ホームにすぐ入居可能ですが、経済的諸事情が許しません。国が言うようにできる限り地域で暮らすが理想ですが、限界と知りながらも今のまま頑張るしかない人はどうしたらいいのでしょう。
それなりの高齢になるまでごく普通に暮らしてきた人たちが、平均より少し長生きしたばかりに介護の厳しさに直面する姿をみるにつけ、最期まで快適に生きる難しさを改めて実感させられました。国は特養を増やす方針を検討しているようですが、コストが安い施設を増やすことは反面税負担が増えることに繋がり、何より離職率が高い介護職員の待遇対策も必要でしょう。そう簡単にことは進みそうもありません。いずれにしても介護リスクは続くと予想され、ますます高齢期の医療と介護に対する家計の危機管理能力が求められる時代がしばらく続きそうですね。